カテゴリ:ふみっこ哲学( 73 )
利己心から社会貢献へ
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ウィーン シェーンブルン宮殿 (2015/1/2)

ぼくが自由になった年のことです
非常に辛い数ヶ月を送りました
なにをしたらいいのかわからず
人びとが集まっているのに出会うと、そっと中に入り込みました
あるときなど、知らない人の葬式について行ったことがあります
ある日、絶望のあまり集めた切手を火中に投じました・・・
しかしぼくは進むべき道を見出したのです
(サルトル「嘔吐」)

( ´~`)ノハーイ
普段ネットをしていて
(゜ロ゜)ギョエ!!
という衝撃を受けることはあまりないですが
先日大変な衝撃を受けたので
今回はそのことについて書かせてもらいます
(゜~゜)ゴクリ
ふみっこは株の専業トレーダーなので
情報収集の意味で
有名な専業トレーダーのブログやtwitterを
50個ぐらいfeedlyにRSS登録して巡回しています
(゜~゜)
twitterもtwilogを経由することで
ブログのようにRSSで登録できます
(゜~゜)
そんなにちゃんとは見てないけど
一応いろんな人のブログを登録しているわけです
(゜~゜)
その大半がふみっこよりもずっと上手い人で
億トレーダーもたくさんいます
(゜~゜)
当然のことながら
下手な人のブログを見るよりも
上手い人のブログを見た方が参考になったり刺激を受けるでしょう
(゜~゜)
しかしながら
「自分よりもずっと上手い人、儲かっている人」のブログというのは
見ていて複雑な気持ちにもなるんですよ
(o゜~゜)oホエ?
なぜなら彼らと自分を比較することで
自分の実力のなさというものを嫌でも思い知るし
羨望や嫉妬の感情が渦巻くわけです
(つ~`)ぐすん
つまり「(相当に)儲かっているトレーダー」というのは
「いいなー自分もそのぐらい儲けたいなー」という「憧れ」の対象にはなりえても
「(社会的に)素晴らしい人だなー尊敬できるなー」という「尊敬」の対象にはまずならないんですよ
(o゜~゜)oホエ?
それは専業トレーダーというのは
社会貢献的な職業ではないからです
(゜~゜)
高収入ゆえの多額の税金を支払っていたとしても
それが社会貢献だとはほとんどみなされません
(゜~゜)
それは世間的に偏見があるから
というわけではなく
ふみっこ自身も社会貢献的な仕事ではないと思っています
(´~`)アハハ
それでもBNFを始めとして
株で儲かっている人が
雑誌やテレビの取材に応えたり
ブログなどで情報発信したりするのは
社会的人間としての
「承認欲求」や「自己顕示欲」があるからです
(o゜~゜)oホエ?
株の売買は自分の中だけで完結するので
ブログなどを通じて自ら情報発信しない限りは
誰も自分の売買のことを関知しないし
人や社会に影響を与えることも感謝されることもないのです
(経営に影響を与えるほど株を大量保有すれば別)
(゜~゜)
つまり「他者の反応」とか「社会貢献」という意味での見返りを
一切得られない仕事なので
とても自己完結的なのです
(゜~゜)
専業トレーダーが自己完結的な仕事であることに対して
ふみっこは問題意識や葛藤を持ってはいませんでした
(o゜~゜)oホエ?
そもそも社会貢献したいとか
人に影響を与えたい感謝されたいというのならば
専業トレーダーなんかを志すべきではなくて
直接社会と関わる仕事をすべきだからです
(゜~゜)
相場というのは自己完結的であるがゆえに
「自分が儲かればいい」「自分が生き残ればいい」
という利己的な人ほど向いているのであって
お人好しの人は向いてないわけです
(゜~゜)
生き馬の目を抜く食うか食われるかの戦場で
生き残って勝ち続けるためには
「自分が儲かる」ための利己的な行動をし続けなければならないのです
(゜~゜)ノぁぃ
前置きが長くなりましたが
ここからが本題です
(o゜~゜)oホエ?
ふみっこが衝撃を受けたのは
以下の2つの動画です
(゜ロ゜)
どちらもネットで無料で見れます
時間のない人は上の方だけ見てください
(゜ロ゜)
(゜ロ゜)
結論から言えば
本来は自己完結的で利己的で私利私欲にまみれた相場の世界において
五月さんは日本のネット世代の個人投資家で(たぶん)初めて
「人から尊敬されうる」こと
すなわち「社会貢献」を始めたのですよ
((;゜ロ゜)oプルプル
数百億円という圧倒的規模で儲けている
BNFcisといった人たちも目指さなかった新しい道を
五月さんは開拓者として歩み始めたのですよ
((;゜ロ゜)oプルプル
元ニートのネットゲーマーだった人でも
こんな生き方ができるのか!と
ふみっこは衝撃を受けました
((;゜ロ゜)oプルプル
五月さんの生き方が
あまりにもまぶしくて
かっこよくて
素敵だと思えたのです
((;゜ロ゜)oプルプル
そうして思ったのは
「利己的に自分の私利私欲を満たすこと」よりも
「社会貢献」というのは
より高いレベルに存在するんですよ
((;゜ロ゜)oプルプル
だからこそ「羨望」や「嫉妬」ではなく
より高次の「尊敬」という敬意を持たれうるのです
((;゜ロ゜)oプルプル
経営学のドラッカーや
松下電器の松下幸之助
京セラの稲盛和夫など
歴史に名を残す優れた経営者は
ほぼ例外なく
高い志を持っていて
自社のため私利私欲のためではなく
社会貢献を第一義の目的としたからこそ
周囲の人々の心を動かし
多くの協力者を得て
幾多の困難を乗り越えて
大きなことを成し得たのですよ
((;゜ロ゜)oプルプル
大袈裟に言うならば
五月さんもまた
今までの個人投資家が持ちえなかった
「高い志」があったからこそ
ネット世代のトレーダー出身者が誰もやっていなかった
「社会貢献」という新境地を開拓して
「(羨望や嫉妬ではなく)尊敬されうる個人投資家像」を初めて提示できたのです
((;゜ロ゜)oプルプル
ところでふみっこが思うに
社会貢献が素晴らしいのは
単に社会や人々に貢献して役立つから、だけではありません
((;゜ロ゜)oホエ?
そこには「自分のため」「私利私欲のため」では決して到達しえない
より高次で濃密な「生きる意味」が広がっているからです
(o´~`)ノふわーい

人間の生命というのは不思議なもので、自分のためだけに生きて、自分のためだけに死ぬというほど人間は強くないんです
というのは人間は何か理想なり、何かのためということを考えているので、生きるのも自分のためだけに生きることには飽きてしまう
(三島由紀夫)

by fumiblog | 2015-01-19 00:08 | ふみっこ哲学 | Comments(12)
やりたいことがなくなる
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ウィーン ドナウ川 (2015/1/3)

私は自分自身にもはや自信がない
そして絵は夢のように思われる
(フィンセント・ファン・ゴッホ)

( ´~`)ノハーイ
ブログを書かないまま放置していました
(o´~`)
昨年は仕事も私生活も近年稀にみるひどい一年になって
ブログを書く気力も沸きませんでした
(o´~`)
しかしそれも
運が悪かったとか
誰が悪かったとかではなく
自分が悪いのであり
自分の能力のなさ
自分の判断力のなさ
自分の努力不足
などに起因するのです
(o´~`)
そうれあれば
「なるべくしてなった」ということであって
ふみっこはこの現実を受け入れなければならないのです
(o´~`)
人生は時として
耐えがたい厳しい現実に直面します
(o´~`)
そういう苦しい状況になった時に
その人の真価が問われるのは
敗北に屈して諦めたり投げ出したりしてしまうか
挫折から這い上がって立ち向かっていくか
なのです
(o´~`)
しかし人間は
常に自分のせいにして生きられるほど
強くはありません
(o´~`)
なので多くの人は
人のせい
社会のせい
政治のせい
親のせい
ヘッジファンドのせい
アルゴリズム取引のせい
にします
(´~`)アハハ
しかし問題は自分の中にあるのです
(o´~`)
それでも能力には個人差があり
進学、就職、恋愛、相場wなど
人生は様々な点で
勝者と敗者が生まれます
(o´~`)
それらは努力である程度解決できるとしても
そもそも上手く努力ができない人もいるし
気力やエネルギーの個人差も大きいです
(o´~`)
そのように考えていくと
個々人が生まれながらに持ったもの
すなわち「遺伝子のせい」
によるところが大きい
というかそれがすべてだとも言えるのです
(゜Д゜)ハァ?
ふみっこもまた
生まれ持った能力には
どうしようもなく抗うことができずに
自分にできることは限られている
努力したとしても乗り越えられないことがある
と実感するのです
(o´~`)
それでも自分という人間をやめることはできないので
与えられた自分の世界を生きていくしかないのです
(o´~`)
そうして生まれつき自分に与えられた能力の中で
少しでも社会に貢献できる人間になろう
とか
人の役に立つことできる人間になろう
とか
大切な人のために、家族のために生きよう
などと思えたら素敵だけれど
そのようなポジティブ思考ができるかどうかもまた
生まれつきの遺伝子によるはずです
(o´~`)
そうして考えていくと
どうしようもなく
生まれつきの遺伝子――運命――には抗えないことになるのです
(o´~`)ガビーン
ところでそういったことよりも
もっとひどいことがあり
それはふみっこは
「やりたいことがなくなってきた」
のです
(o´~`)ホエ?
数年前はなぜあんなに熱心にブログを書いていたのだろう
と自分でも不思議になるぐらい
ふみっこはやる気がなくなってしまったのです
(o´~`)
最近は本もほとんど読まなくなってしまって
じゃあ何をしているかというと
仕事以外の時間は
何もせずぼーっと過ごす時間が増えています
(o´~`)ポケー
ところでふみっこは年末年始は5年連続で海外旅行をしていて
今年も年末は未訪問国ラオスかバングラデシュに行こうと思い
とりあえずバンコク往復フライトを半年以上前に予約していました
(バンコクからラオスかバングラデシュに飛ぶ)
(o´~`)
しかしラオスやバングラデシュに行きたいかというと
特に行きたくはないんですよ
(o´~`)
それらの周辺国
タイ、ミャンマー、ベトナム、カンボジア、インドなどには行ったので
街並みや雰囲気がどんな感じかもうだいたい想像できるのです
(o´~`)
もう東南アジアもうんざりしてきて
面倒になってきて
行きたくないと思ったので
12月になってからフライトをキャンセルしました
(o´~`)
海外旅行に行くだけの
お金や時間はあるのに
情熱がなくなってしまったということです
(o´~`)
つまりふみっこにとって
本を読むことも
ブログを書くことも
海外旅行に行くことも
もう特にやりたいことではなくなってしまったのです
(o´~`)ガビーン
人生はやりたいことのためにある
という記事を以前書きました
そうであればやりたいことがなくなった今
ふみっこは一体何のために生きているのでしょうね
(o´~`)
そうしてこのまま年末年始を日本で一人で過ごしていると
完全に敗残者みたいな気分になって
死にたくなってくるのではないか・・・と思えてきて
12月28日になってskyscannerで検索をしまくって
その日のうちに急遽フライトを予約して
慌ただしく準備をして
12月31日出発で日本から逃げ出すように
海外に行くことにしました
(゜ロ゜)ギョエ!!
旅行先はヨーロッパのウィーンです
(*^~^*)ノハーイ
今回はウィーンとブラチスラバ(ウィーンから電車で1時間)だけの
非常に楽な短期旅行だったのだけど
海外に行って外を歩き回っていると不思議と
主体性が回復してくるというか
自分が強い人間に
行動力のある人間に思えてきて
自信が回復してきて
何でもできるような気がしてきて
人生は自由で
無限の可能性が開けてくるように感じるんですよね
(*゜ロ゜)ノいけー
しかし帰国して数日経って
もう元に戻りました
(o´~`)アァー

人間の生命というのは不思議なもので、自分のためだけに生きて、自分のためだけに死ぬというほど人間は強くないんです

というのは人間は何か理想なり、何かのためということを考えているので、生きるのも自分のためだけに生きることには飽きてしまう
死ぬのにも何かのためということがでてくる

それが昔言われていた大義というものです
大義のために死ぬというのが人間にとって華々しい、あるいは英雄的な、あるいは立派な死に方だと考えられていた

しかし、いまは大義がない
これは民主主義の政治形態が、大義なんていらない政治形態ですから、当然なのですが、

それでも心のなかに自分を超える価値が認められなければ、生きてることすら無意味になるというような心理状態がないわけではない
(三島由紀夫)

by fumiblog | 2015-01-11 01:50 | ふみっこ哲学 | Comments(9)
悲観的になりたい気持ち
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中国 陽朔 遇龍河 (2013/12/30)

人々はいつも私をとくに幸福に恵まれた者として賞賛します
けれども、私の人生は基本的には苦心と苦労のほかにはありませんでした
いままでの75年を通じて、ほんとうにくつろいだのは4週間もなかったのです
(ゲーテ)

( ´~`)ノハーイ
ブログを書くエネルギーがなくて
久しく更新していませんでした
(゜~゜)
年末年始に10日間の旅程で
中国の桂林・陽朔・マカオ・アモイに行きました
(o゜~゜)oホエ?
ルートは
上海→(フライト)→桂林→(フェリー)→陽朔→(バス)→桂林→(フライト)→広州→(バス)→マカオ→(フライト)→アモイ→(フライト)→上海で、移動が多かったです
(゜~゜)
特に桂林と陽朔の景観は素晴らしく
行ってよかったです
(゜~゜)
2009年に初めて訪れた中国も
今回で早6回目の訪問になりました
(゜~゜)
ふみっこは特に中国が好きというわけではないのだけど
中国は日本から近くて行きやすいのと
国土が広大なので見所が豊富で
未訪問の行きたい都市がまだたくさん残っています
(゜~゜)
ところで旅行中に思ったのだけど
ふみっこは「悲観的になりたい気持ち」があるんですよ
(o゜~゜)oホエ?
大したことのない問題だったり
ちょっとした失敗や悲しいことでも
拡大解釈をして
悲観的、虚無的、厭世的に世界を捉えたくなるのです
(゜~゜)
なのでふみっこは
悲観的なものや虚無的なものが好きなんですよ
(゜~゜)
理由は自分でもよくわからないけれど
昔からそういう嗜好があるからこそ
空想サイトやこのブログが生まれたのです
(゜~゜)
最近はリストの「ため息(Un Sospiro)」という曲がお気に入りで
悲しい気分に浸れるのでリピートして聞いています
(´~`)アハハ
そうして
「生きていても悲しいこと辛いことばかりだったな・・・」
「自分の人生って一体何だったんだろう・・・」
なんて思いながら一日を過ごすのが
ふみっこの日常です
( ´~`)ノふわーい
by fumiblog | 2014-01-07 17:37 | ふみっこ哲学 | Comments(58)
ふみっこの停滞
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香港 海洋公園 (2013/9/16)

およそ或る人民は、見受けるところ、或る期間は進歩して、やがて停止する
では、いかなる時に停止するのか?
その人民が個性を持たなくなる時である
(J.S.ミル「自由論」)

( ´~`)ノハーイ
しばらくブログを書かないでいると
書き方を忘れますね
(゜~゜)
ふみっこの日常は変わりなく
忙しいわけでもないのだけど
ブログに何か書いて
「これはこういうことなんだよ!」
と主張することに対しての
モチベーションが下がっている気がします
(゜~゜)
ふと冷静になって考えると
ふみっこはなぜ必死になって
こんなブログを書いていたのだろう?
なんて思ったりもします
(゜~゜)
その理由はきっと
「認められたかったから」なんですよ
(o゜~゜)oホエ?
無職デイトレーダーという
社会との関わりが希薄で
誰からも注目されない
底辺人生にあっても
輝く瞬間を求めていたのです
(≧~≦)ぶは
しかしその承認欲求も
ある程度満たされるのと同時に
書くこともなくなってきて
自分の限界というものがよくわかってきます
(o´~`)
ふみっこにはもはや
新しい何かを生み出すような
エネルギーが残っていないのです
(o´~`)
ところで9月の3連休に
香港と深センに行きました
(o´~`)oホエ?
ただ香港は3回目、深センは2回目なので
特に感動もなく
蒸し暑い中を歩き回って疲れただけでした
(o´~`)アァー
旅行は初訪問の時が一番楽しいわけで
もう海外に行ってもそんなに楽しいことは待ってないんだな・・
と思うと
旅行に対するモチベーションもますます下がりますね
(o´~`)
ふみっこはもうやりたいことはやったので
いつ死んでもいいような気がしています
(o´~`)
昔は死ぬのが怖かったけど
不思議と最近は怖くないんですよね
(o´~`)
そんな虚無主義者ふみっこがときどき感動するのは
読書なんですよ
(o´~`)oホエ?
なぜ本を読むと感動するかというと
本には本を読まなければ決して知り得ることのない
特別な「知」という高みがあるからです
(o´~`)
このブログもふみっこの仕事(株)も
知の集積によって成り立っているんですよ
(o´~`)ふぅぅん
先日もある本を読んでいたら
「そういうことだったのか!」と
この世の真実にふれた気がして
打ち震えました
((;゜ロ゜)oプルプル
世界の本質にふれること
それがふみっこの楽しみであり
生きる理由であることを
再確認したのです
((;゜ロ゜)oプルプル
ちなみにその本は
「女のコの取説」
という本です
(≧~≦)ぶは

ぼくは、人間は成熟することによってけっして美しくはならない、という信念をもちつづけてきた
むしろ、成熟することは醜くなることなんだ
成熟するとは、生きる技巧を身につけることでもあり、
人生に鍛えられあきらめることでもあり、
自分の乏しい資質を自認することでもあり、
それでもなお生きることに執着することでもある
つまり、堕落することなのだ
(中島義道「カイン」)

by fumiblog | 2013-09-30 19:50 | ふみっこ哲学 | Comments(46)
やりたいことがない人生
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札幌 モエレ沼公園 (2012/10)

とある友人の転職相談にのっていた時、なにげなく「で、あなたは何がやりたいの?」と聞いたところ、「ちきりんさん、大半の人間は特にやりたいことなんてないんですよ」と言われてハッとしました

私は昔からやりたいことが多すぎて、時間が足りない、人生が足りないと、焦っていたからです
「やりたくないことなんて、やってるヒマはどこにもない!」と感じていたのです

自分がそうだから、きっと皆も同じで、やりたいことはたくさんあるけれど、勇気がなくて踏み出せないとか、経済的なことが心配で決断できないのだろうと思っていました

でもその友人から「大半の人間はやりたいことなんてないんです。ただ大過なく人生をすごしたいだけです」と言われて、思い当たることが次々と頭に浮かび、確かにそうかもしれないと気がつきました

「やりたいこと」が明確になっているという人は、そこまで多くないのです
(ちきりん「未来の働き方を考えよう」)

( ´~`)ノハーイ
「やりたくないことをやめる」という記事を昔書いたけれど
このような「人生や時間の有限さ」とか
「人生は一度きりなのでやりたいことをやるべき」
みたいなことを意識して生きている人って
実は少ないかもしれないんですよね
(o゜~゜)oホエ?
というのもふみっこの感覚からすると
「自分の時間」や「自分の人生」を
あまり大切にしてない人が多いような気がするからです
(゜~゜)
余暇の時間になんとなくテレビを見て過ごす人は多いけど
そういう時間の使い方は浪費なので
時間をもっと有効活用すればいいのにと思います
(゜~゜)
あとふみっこは昔から単純作業の仕事をしたくないと思っていたのだけど
それは単純作業に人生の多くの時間を費やすことは
人生をロボット的に浪費してしまう感覚が拭えないからです
(゜~゜)
しかし上で引用した文章を見て気づかされたけど
世の中というのは
やりたいことがないとか、やりたいことが見つからない人の方がずっと多いんですよ
(゜ロ゜)ギョエ!!
やりたいことがない人生・・・
それは一見虚しいような気がするけど
人は特にやりたいことがなかったとしても
生物として生きていく本能があります
(o゜~゜)oホエ?
なので前回の記事で書いたように
人は生きていく(食べていく)ために
社会から与えられた仕事をこなします
(゜~゜)
大人になれば結婚して家庭を持つ人が多数派なので
子どもが生まれたら父親・母親になって育てるのが役割になります
(゜~゜)
それらは換言すれば
「本能がやりたいことをやって生きる」
と言えるでしょう
(´~`)アハハ
つまり特にやりたいことがなくても
本能プログラムに従っているだけで
仕事をして家庭を持つという
平均的な人生を送れてしまうのです
(゜ロ゜)ギョエ!!
しかしそれはあくまでも本能コースであり
人生には自由コースもあります
(o゜~゜)oホエ?
エサのために働いて食べて寝て
というのは
他の生物もやっていることで
何も考えなくてもできます
(゜~゜)
しかしそういう本能は別として
「人は何のために生きるのか?」を考えたとき
それは「やりたいことをやるため」なのです
(o゜ロ゜)o
人生には広大な自由が開けていて
法に反さない範囲で
各人がやりたいことをやって生きることができる自由があります
(*゜ロ゜)o
実際ふみっこは
やりたいことをやって生きているつもりです
(*゜ロ゜)o
しかしプロスポーツ選手になりたいとか
アーティストになりたいとか
漫画家や作家になりたいなんて思っても
そこには能力によって厳しく峻別される
熾烈な競争が待っています
(゜~゜)
職業によっては
やりたいことをやって生きるためには
能力や情熱が問われるのです
(つ~`)ぐすん
職業関係ではなく
働かずに南の島でのんびり過ごしたいとか
世界中を旅行したいとかっていうのは
やりたいことというよりも
願望に過ぎません
(o゜~゜)oホエ?
やりたいことが簡単に実行できるものではない場合
情熱やエネルギーが必要になるわけで
やりたいことをやるまでに苦労したり時間をかけたくなれけば
ただの願望に過ぎないのです
(゜~゜)
そう考えると結局は
やりたいことをやって生きるためには
情熱と能力と苦労の連続が必要であり
「そこまでしてやりたくない」という人は
大きなことはできません
(´ロ`)
つまり「自分はどうしてもこれがやりたい」
「それをやらなければ生きている意味がない」
と思えるほどの強い情熱があって初めて
やりたいことのために生きる人生が開けてくるのです
(o´~`)ノふわーい

私は一度朝日カルチャーセンターの「小説の書き方」という講座の受講者連中と呑んだことがあるが、驚いたことに「いま、書くテーマが見つからなくて」と語る作家志望が少なからずいたことである
それなら、書かなければいいのだ
小説家とは、書かなければいられない人のことであり、書かなければ生きることのできない人のことである
書くテーマが腐るようにあるから物書きになれるのだ
(中島義道「人間嫌いのルール」)

by fumiblog | 2013-08-08 21:47 | ふみっこ哲学 | Comments(14)
つまらなくても生きていく人生
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ネパール パシュパティナート (2012/12/28)

誰でも知っているはずである
膨大な数の人がなんの命を懸けるものも見いだせずに、
しかも特別失望しているわけでもなく、
日々黙々と仕事に励んでいることを

彼らには特別の才能は与えられていない
だが、特別に劣っているわけでもない
ただ、誰とも交換可能な平凡な知識と平凡な理解力と平凡な判断力があるだけなのだ

なぜなら、本を書くのは(最終的には)成功した人のみ、
テレビに出るのも講演するのも社会的成功者ばかりだから
彼らの声だけが拡大して聞こえてくるんだ
(中島義道「働くことがイヤな人のための本」)

( ´~`)ノハーイ
ふみっこは昔から
「人はなぜつまらない仕事でも投げ出さずに我慢や苦労を重ねながら生きていくのだろう?」
という疑問があったのだけど
今回はそれについて考えます
(゜~゜)
前提として
社会というのは労働する人がいなければ成り立ちません
(o゜~゜)oホエ?
コンビニに行けば24時間欲しいものが買えるけど
そこには店舗の施工から
商品の企画・製造・輸送・販売
さらには店内のレジ・冷蔵・ATM等の設備まで
膨大な労働力が費やされています
(゜~゜)
100円で買えるおにぎりには
無数の人たちの労働――すなわち人生――が詰まっているのです
(ノд-。)クスン
この社会はお金があれば生きてけることになっていて
たとえば宝くじで3億円当たれば
一生働かなくても生きていけるけど(散財しなければ)
もし日本人全員が3億円を手にして
全員が働かなくなったら社会から労働力が消え失せて
誰も物を作ったり売ったりしなくなるので
お金の使い道もなくなって
社会が崩壊します
(´~`)アハハ
つまり大多数の人は真面目に働くという前提の上ではじめて
「お金さえあれば働かなくても生きていける」という例外が成り立つわけです
(o゜ロ゜)o
そう考えると社会というのは
圧倒的な労働力に支えられて成り立っているわけです
(゜~゜)
ときどきニートや生活保護が問題になるけど
引退した高齢者とか病気の人を除けばそういうのは例外で
私たちの人生の多くの時間は
仕事に費やされることになります
(゜~゜)
なので人生において仕事というのは大きなウェイトを占めるわけだけど
仕事が楽しいとは限らなくて
単調なつまらない仕事の方が多いと思うんですよね
(゜~゜)
ふみっこの周りには
仕事が楽しい!なんていう人はほとんどいません
(゜~゜)
でも仕事がつまらないからといって
それで絶望したり自殺したりする人も滅多にいません
(゜~゜)
たまに働き過ぎの過労死がニュースになりますが・・・
(´ロ`)
人が自殺する理由の大半は
病苦か借金苦であり
「働きたくないから自殺した」なんて人は聞いたことないですよね
(゜~゜)
それはつまらない仕事つらい仕事でも
死ぬよりは働いた方がマシだからでしょう
(゜~゜)
それはお金のためというよりは
「個体維持の本能」があるからです
(o゜~゜)oホエ?
生命には生きようとする本能があって
苦しくても生きていくようにプログラムされているのです
(゜~゜)
それは人間以外の生物を見てみるとよくわかります
(゜~゜)
生物の行動原理というのは単純で
「個体維持」と「種の保存」のためだけに生きているわけで
生がどんなに苦行であっても生きていくようにプログラムされています
(゜~゜)
人間も同様であり
仕事や人生がつまらなくても
つまらないことを理由に死ぬ人なんていなくて
つまらない状態のまま
つまらない仕事をして生きていくことになります
(´~`)アハハ
ただ生きていく(食べていく)ために働く
それが生物として抗うことのできない基本プログラムなのです
(o´~`)ノふわーい

あたしたちには生きのびる義務があるのよ
人間からウイルスに至るまで、植物も含めて
全ての生命あるものの行動の目的は一点に集約されるのよ
生命を永久に存続させようという盲目的な衝動・・・
ただそれだけ
この世にありたいということ
ありつづけたいということ
ただそれだけ
そしていまやあたしたちは
有史以前から地球上に発生した
あらゆる生命体の代表なのよ
(藤子・F・不二雄 SF短編「カンビュセスの籤」)

関連記事:やりたくないことをやめる
by fumiblog | 2013-07-31 18:01 | ふみっこ哲学 | Comments(20)
現実のつまらなさについて
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ノルウェー オスロ ヴィーゲラン公園 (2011/5/4)

113 :名無しさん@涙目です。(dion軍) 2011/05/08(日) 01:54:45.33 ID:QQXYt3dd0

現実じゃ安定して生活して小説やらゲームやら
アニメやらでハチャメチャしてる気分になる

これが最強

(マネーニュース2ch「安定志向の人って人生楽しいの?」)

( ´~`)ノハーイ
以前知り合いの人に
普段の生活で何が楽しいの?
と聞かれたことがあります
(゜~゜)
生きていて何が楽しいのか
みなさんもちょっと考えてみてください
(゜~゜)
ふみっこは仕事が楽しいと答えたのだけど
その人は特に楽しいことがないらしく
強いていえば食事の時間が楽しいと言ったんですよ
(゜~゜)
その答えにふみっこは衝撃を受けました
(゜ロ゜)ギョエ!!
食べることが楽しい・・・
確かに美味しいものを食べると
幸福感が得られるのはわかります
(゜~゜)
それは脳の仕組みで
空腹時に美味しいものを食べると
ドーパミン(快感物質)が分泌するからです
(゜~゜)
人間は飢えずに生きていくために
食事にありつくことで報酬(ドーパミン)が得られるように
本能的にプログラムされています
(゜~゜)
極度にお腹が空くと集中力が落ちて
食事のことばかり考えてしまうのはそれが理由です
(゜~゜)
なので食事が楽しみな人生というのは
極めて本能的なもので
セックスやオナニーが楽しいと言っているのと同じなんですよ
(゜~゜)
つまり食事やセックスというのは
本能的に楽しいものとして設計されているわけです
(゜~゜)
しかし「生きていて楽しいのは食事(セックス)の時間」と言っている人がいたら
そんなのが人生の楽しみでいいの?と問いたくなりますよね
(゜~゜)
しかし現実とはそんなものであり
そもそもつまらないものなんですよ
(o゜~゜)oホエ?
現実が楽しい!と言って
いきいきとしている社会人が果たしてどのぐらいいるのでしょうか?
(゜~゜)
そもそも一日の大半の時間を占める仕事が
多くの人にとっては楽しいものではありません
(゜~゜)
世の中のさまざまな仕事のことを思うと
考えただけでうんざりするほど
ふみっこにとってはやりたくないことばかりです
(つ~`)
そうであれば
あとは余暇の時間に楽しさを見出すしかありません
(゜~゜)
余暇の時間に主体的に楽しめるような趣味を持っている人ならいいけれど
そういう人は少数派です
(゜~゜)
仕事が楽しくないし
特に趣味もない
そういう人は「お客さん」になって「現実逃避」するしかありません
(o゜~゜)oホエ?
テレビや映画やマンガを見たり
ゲームをしたり
お酒を飲んだり
ライブに行ったり
ディズニーランドに行ったりするのは
「他人が作ったものを消費者として受け身で楽しむ」
ということです
(゜~゜)
そういう楽しみというのはふみっこ的には
最低レベルの楽しみで
「私はつまらない現実を過ごしているので現実逃避に楽しみを見出しています」
と言っているに等しいです
Σ(゜~゜)ガビーン
しかし現実に向き合ったところで
楽しいことはあまりありません
(つ~`)ぐすん
現実がつまらないからこそ
現実逃避をするという悪循環です
(゜~゜)
それはなぜなのかというと
「自己実現を目指してないから」なんですよ
(o゜~゜)oホエ?
現実のつまらなさに対して
本能的な意味で人間に救いがあるとしたら
それはドーパミンという果実を得ることなのでしょう
(関連記事:幸福感の正体
(*´~`)クラクラ
一方で理性的な意味での救いは
マズローの欲求段階説にある
「自己実現をすること」にあるのです
(o゜~゜)oホエ?
自分が主人公になって
目標に向かって努力したり成長したりして
その成果が現実に反映されることは
最高に楽しいことなんですよ
(*゜~゜)o
生きていても楽しいことがないなぁ
現実がつまらないなぁと思った時は
自分が成長すること
目標に向かって努力すること
自己実現することを目指すべきであり
そこに人生の楽しみがあるのです
(o´~`)ノふわーい

人生を空費した人間というのは、
人生の喜びや人生の悲しみに欺かれてうかうかと日を送り、
永遠に、断固として、自分を精神として、自己として自覚するにいたらずおわった人のことである
(キルケゴール「死にいたる病」)

by fumiblog | 2013-07-09 19:13 | ふみっこ哲学 | Comments(22)
ふみっこの働かないで生きるには?
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ネパール カトマンズ (2012/12/28)

金が尽きたらまた仕事に戻らなければならないし
それが死ぬまで続くかと思うと、私を幻滅させた
今年の終わりに死のうが、十年後に死のうが、いったい何が違うというのか
仕事に戻らなければどうなるのだろうか――
乞食になるのか、それとも泥棒になるのか
ほかに選択肢はないのか
いまになってみれば、そのときすでに
自殺という考えが心の奥底に巣食っていたのがわかる
決心するにはまだ充分時間があった
(「エリック・ホッファー自伝―構想された真実」)

神長恒一「だめ連の働かないで生きるには」(2000)
ロバート・キヨサキ「金持ち父さん 貧乏父さん」(2000)
中島義道「働くことがイヤな人のための本」(2001)
安田誠「外こもりのススメ 海外のほほん生活」(2008)
松本哉「貧乏人の逆襲! タダで生きる方法」(2008)
山崎寿人「年収100万円の豊かな節約生活」(2011)
勝山実「安心ひきこもりライフ」(2011)
pha「ニートの歩き方」(2012)

( ´~`)ノハーイ
今回は題名通り
働かないで生きる方法について考えます
(≧~≦)ぶは
上に挙げた本には共通点があって
著者の方法論や境遇は様々だけれど
いずれも「働かないで生きること」が主題です
(o゜~゜)oホエ?
上の3冊は昔ふみっこが株を始める前に読んだ本で
ふみっこがこういう本を手にとったということは
当時から「働かないで生きること」に対する情熱があったし
当然今もあるわけです
(なので今でもこういう本はチェックする)
(#゜~゜)メラメラ
ちなみに「だめ連の働かないで生きるには」という本は
今は手元にないので内容はうろ覚えだけど
著者のだめ連の二人は
結局「働いて生きていた」んですよ
(゜Д゜)ハァ?
一人は今でいうニートなのだけど会社員時代に貯めた貯金を取り崩して
もう一人は週に2日ぐらい居酒屋バイトをして
という感じだったはずです(たぶん)
(゜~゜)
彼らが徹底的に工夫していたのは「お金を使わない生き方」で
5人か10人か忘れたけど賃貸の一軒家を複数人でシェアして
(そうすると一人当たりの家賃や光熱費がかなり安い)
食費もかなり節約するという生活です
(゜~゜)
贅沢な暮らしには憧れないし
貧しい生活を受け入れるけれど
その代わり極力働かないという生き方です
(゜~゜)
こういうのはふみっこ的に
「節約系」というジャンルに入ります
(o゜~゜)oホエ?
「貧乏人の逆襲! タダで生きる方法」
「年収100万円の豊かな節約生活」
これらも節約系の本で、
働くことに対してあまり気力がないので
低収入を受け入れつつも
「いかにしてお金を使わずに生きるか」にエネルギーを注ぐという趣旨です
(´~`o)
ふみっこが思うのは
こういう節約系の生き方って
かなりもったいないかもしれないということです
(o゜~゜)oホエ?
なぜなら「支出を減らすこと(節約)」よりも「収入を増やすこと」に
時間やエネルギーを使った方が
経済的に豊かな生活を送れる可能性がずっと高いからです
(゜~゜)
たとえば年収200万の人が節約して年間100万の生活費で暮らせば年100万貯まるけど
年収1000万の人は年間500万使っても年500万も貯まるからです
(゜ロ゜)
というわけでどんなに節約して支出を減らしたところで
収入が乏しければ経済的に貧しい生活は変わらないし
海外旅行に行ったりすることもできないし
結婚や子育ても難しいし
いわゆる経済的自由も手に入りません
(゜~゜)
なので節約よりも収入を増やすことに意識を向けて
そこに時間やエネルギーを使った方がいいんですよね
(o゜~゜)o
じゃあどうすれば働かないで生きれるのか?
という全国100万人(推定)の働きたくない人が常々問いかける
深淵な問いの答えは
実はかなり単純なんですよ
(o゜~゜)oホエ?
今回はその方法を
特別に公開したいと思います
(誰でも知ってるけれど)
((;゜ロ゜)oプルプル
それはお金というのは基本的に2つの方法でしか手に入らなくて
ひとつが「労働をして対価を得る」
もうひとつが「資本金を元手にお金を増やす」なのです
(゜ロ゜)ギョエ!!

市場経済とは、お金がないと生きていけない社会だ
そしてお金を稼ぐ方法は、この世の中にたったふたつしかない

働いてお金を稼ぐちからのことを、人的資本という(要するに労働力のことだ)
稼いだお金が蓄積したものが、金融資本(預貯金)だ

このように整理すると、労働と投資を同じ土俵で考えることができる
すなわち、

人的資本を労働市場に投資する
金融資本を金融市場に投資する

この二種類の「投資」以外に、お金は手に入らない
(橘玲公式サイト)

というわけで後者の代表例が株やFXなのだけど
株やFXで生計を立てている
会社組織に属さないニート(ふみっこも含む)が
「働いているのかいないのか」は解釈が分かれるところでしょう
(゜~゜)
ちなみにふみっこは
自分の意識としては猛烈に働いています
(゜Д゜)ハァ?
毎朝8時30分に起きて15時30分頃までPCに向かって(昼休み1時間あり)
夜は2時間近くかけて明日の相場の予習をするので
合計約8時間の労働時間(+勉強のための読書時間)になります
(ノд-。)クスン
ただふみっこが収入以外で今の仕事の好きなところは
日々のトレードを通して得られる経験や
経済ニュースや株本・経済本を読んで得られる知識が
そのまま自分の能力やスキル向上に直結するところです
(*゜ロ゜)o
なので日々経験と知識を積み重ねていくわけで
労働時間が無駄にならないし
年々成長している実感があるんですよね
(*゜ロ゜)o
ただ株やFX
または不動産投資とかもそうだけど
それらで収入を得るためには
まとまった資本金が必須です
(゜~゜)
それでも株で億トレーダーになった人の本とかを読むと
最初は100~200万ぐらいの資金で始めた人が多く
20代前半でも1~2年フルで働いて節約すればそのぐらい貯めるのは難しくないし
20代後半以降だと平均預金額はもっと多いわけですが
(o゜~゜)o
それでも株の場合資金は多ければ多いほど有利なので
専業トレーダーとして独立する場合は
最低でも500~1000万ぐらいの資金が欲しいところです
(それはあくまでもスタート地点で、生活費を除いた利益は売買資金としてさらに積み増していく)
(゜~゜)
もっとも孤独な内向作業であるトレーディングは
性格適性に拠るとろこが大きいと思うので
まとまった資金があれば誰でもOKという話ではありませんが
(゜~゜)
そしてこういった資本市場でお金を増やして生計を立てる
という意味での「働かないで生きる」古典が
ロバート・キヨサキ「金持ち父さん 貧乏父さん」なのです
(゜ロ゜)
ふみっこは別にキヨサキ信者ではないけれど
上に挙げた本の中では
この本が一番前向きといえば前向きだし
「働かないで生きるには?」という問いに対する回答書でもあるでしょう
(株の実践的な話はないけれど、資本金を元手に不労所得を得るという意味で)
(゜ロ゜)
最後に働かないで生きるために
ふみっこが一番重要だと思うことを書いておきます
(o゜~゜)oホエ?
それは主体的な行動力です
(゜Д゜)ハァ?
上に挙げた本の著者は
みんな「働かないで生きる」ことを目指したり実践しているわけで
ある意味で社会不適合のダメ人間なわけです(ふみっこも含む)
(´~`)アハハ
しかし一方では圧倒的な行動力があって
独自の方法論で働かないで生きる生き方を模索・実践して
確立したパイオニアでもあるわけです
(そうでないと本なんか出せない)
(*゜ロ゜)o
なので逆説的なのだけど
「働かないで生きる」ことに憧れる人は
怠けたい人だったり行動したくない人に多いと思うけれど
でもそういう人には無理だと思うんですよ
(゜~゜)
人に言われなくても自らの意思で行動する主体性と
失敗や挫折をしても屈しない情熱と
目標に向かって模索・実践し続ける行動力
働かないで生きるためにも
結局はそれらが必要なのです
(o´~`)ノハーイ

「この世の金も名誉もたったひとつのものに対する大きな褒美として授かるに過ぎない
そのたったひとつのものとはパーソナル・イニシアティブである」

パーソナル・イニシアティブとは何か
それは人にいわれずして成すべきことを成すことである
とにかくやってみようという気構えであり、行動を起こす力のことだ
成功する人は必ず行動の人として知られている
パーソナル・イニシアティブは、先延ばしという最悪の資質の対極にあるものだ

(ナポレオン・ヒル「図解 思考は現実化する」)

by fumiblog | 2013-05-15 22:40 | ふみっこ哲学 | Comments(34)
思考から行動へ
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ネパール カトマンズ アサン・チョーク (2012/12/29)

究極的には、失敗は3つしかないと思うのです。
「1:行動を起こせなかった」
「2:行動を起こしたが、失敗して途中で止めてしまった」
「3:行動を起こして、失敗して、それでも行動を起こしつづけられたが、考えていなかった」の3つ…。

大切なので、もう一度いいますが、究極的に成功とは、
「行動し続けて、考え続けて、失敗しても、行動し続けて、考え続けて、止めないこと」なのです、That’s All.
(飯沼一洋)

( ´~`)ノハーイ
今年ももうすぐ終わりですね
(゜~゜)
ふみっこは4年連続で
年末年始を海外一人旅をして過ごします
今はネパールにいるのだけど
旅行の話は後日書きます
(o゜ロ゜)o
ところでこの数ヶ月思っていたことを
1年の終わりに書いておこうと思います
(o゜〜゜)oホエ?
それは人生とは単純で
考えることよりも
行動することの方が重要で
それがすべてなんですよね
(o゜~゜)oホエ?
頭で考えるだけならすべてのことができるし
口で語るだけならどんな夢でも描けます
(゜~゜)
それでも行動しなければ
物事は何も進んでいきません
(゜~゜)
なので行動するしかないのだけれど
しかし行動したからといって
それで単純に上手くいくわけでもありません
(o゜~゜)oホエ?
人生とは必ず
失敗や挫折を伴います
(つ~`)ぐすん
成功者の自伝などを読むと
必ず大きな失敗や挫折を経験しているんですよね
(゜~゜)
しかしそこで諦めたり立ち止まってしまったら
物事はそこで停滞してしまいます
(゜~゜)
なので行動した結果失敗して
傷ついてボロボロになって絶望しても
それでも挫けずに
行動し続けなければなりません
(つ〜`)ノぁぃ
しかしそれは精神的にとても厳しいです
(o゜〜゜)oホエ?
失敗すると自信を失くすので
成功のイメージを描けなかったり
考え方がネガティブになってしまうからです
(´ロ`)
なので単純に言えば
人生で勝ち続けた人は自信があって
考え方がポジティブだけど
負け続けた人は自信がなくて
考え方がネガティブなわけです
(゜〜゜)
しかしネガティブになって
うだうだ考えたり悩んだり悲観的になっていても
ほとんどの場合何も進展しません
(´ロ`)
なのでとにかく行動するしかなく
「行動する→失敗する→(何が悪かったか考えて改善しつつ)再び行動する」
を繰り返すしかないんですね
(o゜~゜)o
このように考えると単純なのだけど
でも人間って失敗したら傷つくので
失敗したくないから(傷つきたくないから)挑戦しない
となるわけです
(´〜`)
しかしそのような行動力のない人や臆病な人は
世の中で圧倒的に不利なんですよね
(o゜~゜)oホエ?
なぜなら何事も行動しなければ成果を得られないので
行動力のある人が多くのものを得て
そうでない人は得るものが少なくなるからです
(゜~゜)
そうして思い切って行動した結果
失敗したとしても
それは悪いことではありません
(o゜〜゜)oホエ?
失敗というのは「行動した結果」として得られたものなので
ひとつの尊い成果でもあるわけです
(*゜~゜)ノキラキラ
失敗した自分は行動しない自分よりも
一歩先を進んだのです
(*゜~゜)ノ
そんなわけで得たいものがあったり
夢や目標があれば
行動を起こすしかなく
その結果失敗したとしても
それでも諦めずに行動を起こし続けるしかなく
その繰り返しを経ることが
成功への道のりなんですね
(o´〜`)ノハーイ

今、現状を心配するあまりに悩んでしまい、その結果、動くことができなくなり、さらに深く悩み込んでしまう子どもたちが増えています
でも、悩んでも、何も解決しないのです
とにかく動くこと
そして成功したら、「やったね」と喜ぶこと
失敗して叱られたら「ごめんね」と謝って、また挑戦すればいい
それだけのことなのです
(水谷修「あおぞらの星 夜回り先生と考える」)

by fumiblog | 2012-12-31 03:15 | ふみっこ哲学 | Comments(8)
命は時間でできている
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パリ エッフェル塔に沈む夕陽 (2009/9/21)

私は孫たちが、人生の時間が短く、
あらゆる日も、あらゆる時間も貴重であることを理解するよう望む
(ローズ・F・ケネディ「わが子ケネディ」)

( ´~`)ノハーイ
ふみっこは10月から新しいことを始めたのだけど
そっちに時間とエネルギーを取られて
しばらくブログを書けていませんでした
(゜~゜)
最近のふみっこは
時間というものの貴重さを
ますます実感しつつあります
(o゜~゜)oホエ?
やりたいことがたくさんあっても
時間という資源は限られているので
自分ができることは必然的に限られてきます
(゜~゜)
なので人生で一番大切なものは何か?というと
それは時間なんですよね
(o゜~゜)oホエ?
なぜなら時間というのは
命そのものだからです
(゜Д゜)ハァ?
お金がいくらあっても
若返ることはできないし
1日24時間+αの時間を買うこともできません
(゜~゜)
60歳の大富豪と
20歳の貧しい若者
これからどちらかの人生を歩まなければならないとしたら
(20歳スタートor60歳スタート)
貧しくてもみんな20歳の方を選ぶはずです
(゜~゜)
なぜなら若さというのはそれだけで
とてつもなく価値があるからで
人生で一番大切な資源である時間を
中高年よりもずっと多く持っているからです
(゜~゜)
だからといって遊び廻っていると
今度は収入を得ることができなくなります
(゜~゜)
24時間を自分の好きなように使えても
お金がなければ生きていけないのが現代社会です
(゜~゜)
なので人は社会に出たら
賃金を対価として働くことになります(賃労働)
(゜ロ゜;Aアセアセ
よって社会人というのはある意味で
自分の命(時間)と引き換えに収入を得ているわけです
(゜~゜)
長時間労働や休日出勤で
1日のほとんどを仕事に費やしている人は
会社や仕事のために命を差し出しているんですね
(o´~`)o(命)
それでも仕事を通して自分が成長できたり
仕事が好きだったりすればいいけれど
そうではなかったら
ひたすら会社のために命(時間)を差し出すという
自己犠牲の人生を送ることになります
(つ~`)
つまりある人の時間の使い方は
そのままその人の生き方を表しています
(o゜~゜)oホエ?
会社のためとか家族のためとか
自分以外の何かのために生きる人は
その何かのために自分の命(時間)を費やして生きていきます
(゜~゜)
一方で自分のために時間を使って生きたい人は
会社人間や家庭人にはならずに
自分のための人生を生きます
(゜ロ゜)じぶんじぶん
特に何も考えずに時間の無駄使いをして生きている人は
命の無駄使いをしながら生きていきます
(´ロ`)
「やりたいことがない」とか「休日は暇を持て余す」といった人は
与えられた時間=命を有意義に使えてないわけで
人生が希薄なんですよね
(゜~゜)
有意義な人生を送るためには
自分の命である時間を
貴重なものであると認識して
有効活用しなければなりません
(o゜~゜)oホエ?
なのでお金をどのように使うか?よりも
時間をどのように使うか?
ということのほうがずっと重要なんですよね
(o゜ロ゜)o
しかしそう考えていくと
「やりたいことがない」
というのはやはり致命的です
(o゜~゜)oホエ?
人生=命=時間は
各人がやりたいことをするために与えられているはずなのに
やりたいことがなかったら
命を放棄しているに等しいからです
(´~`)ノポイ
そんなわけで
時間の使い方がその人の人生を決めるので
人生を変えるためには
時間の使い方を変えることが必要になります
(゜~゜)ノぁぃ
といっても日本人は基本的に働きすぎで
ふみっこだったら1日12時間超とかの労働は耐えられないけれど
それでも日々の長時間労働や長時間通勤に耐えている人が実際たくさんいるということは
日本人は自己犠牲タイプが多いという事実を表しています
(゜~゜)
そこまでして会社のために人生の大半を尽くして
それで得られる見返りとは一体何なのでしょうね
(゜~゜)
いずれにしろふみっこは
自分が大切なので
自分のための人生を生きてきました
(o゜~゜)oホエ?
その生き方やノウハウは
過去ログを見てください
(≧~≦)ぶは
そしてブログを始めてから2年ぐらい
このブログにそれなりの時間とエネルギーを費やしてきたので
過去ログにはふみっこの命のかけらが埋まっています
(更新しない言い訳)
(*゜~゜)ノハーイ

真の成功は時間持ちである
時間持ちとは時間をたくさん持っている人ではない
地球上すべての人間に与えられた時間は1日24時間と平等である
この事実は不変である
ところが、自分がやりたい時にやりたいことが好きなだけできる時間を所有している人はごく一部しかいない
誰からの支配も受けずにやりたい時にやりたいことができる人、それが真の成功者である
(千田琢哉「学校で教わらなかった20代の辞書」)

by fumiblog | 2012-12-10 21:13 | ふみっこ哲学 | Comments(21)