<   2012年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧
人間の寿命は30歳だった
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インドネシア バリ島 スミニャックビーチ (2010/12/25)

狩猟採集時代、日本人の寿命は30歳未満でした
これが平均寿命となると15歳程度だろうと人類学者は指摘しています
厳しい環境の中で食料不足が生じていたこと、また医学の未発達のために特に幼児死亡率が非常に高かったために、平均寿命がこれほどまでに短かったのです
15歳以上生き延びた縄文人でも、その多くが30歳そこそこで亡くなっています

人生30年と計算し、14歳で夫婦関係になったと仮定すると、15歳で初産、母乳で育てていたために、だいたい3年に一度の出産が限度ということになり、合計で4人から6人の子供を産んでいたことでしょう
縄文時代は人口がほぼ一定だったので、生き残った子供は2人くらいと見てよいかもしれません
その後、30歳前後で夫婦ともに死んでしまう、それが我々の祖先の平均的人生だったのです

(森川友義「なぜ日本にはいい男がいないのか」)

( ´~`)ノハーイ
上で引用したけれど
私たちの祖先である
狩猟採集時代の日本人の寿命が
30歳未満だったというのは驚きです
(゜ロ゜)ギョエ!!
しかし人間を含むすべて生命の
根源的な存在理由は
遺伝子伝達・種の保存にしかなく
個体が長生きする目的では作られていません
(o゜~゜)oホエ?
個体が長寿だと
進化や環境適応のスピードが遅くなり
突然の環境変化などに対応しにくくなって
種として淘汰されやすくなってしまいます
(゜~゜)
だからこそ個体を無駄に長生きさせないために
老化や死というものが存在するといえます
(o゜~゜)o
それは遺伝子伝達という至上命題のために
否応なくプログラムされている
生命の設計図なのです
(ノд-。)クスン
なので10代のうちに結婚・出産をして
30歳頃に一生を終えてしまうというのは
子孫繁栄のサイクルとしては無駄がなく
むしろ適しているのかもしれません
(´~`o)ぽっくり
しかしその後
農耕文明の訪れによる食料不足の解決や
医学の発達により
人口も平均寿命も爆発的に伸びました
(ノ゜~゜)ノウィーン
現代の日本では10代の結婚・出産は早過ぎて
30歳前後での結婚・出産が普通になりつつあります(晩婚化)
(゜~゜)
平均寿命も80歳前後なので
まとまった貯蓄や年金など
長い老後の生活費のことも心配しなければなりません
((;゜ロ゜)オロオロ
なので生命としての輝きを失う老後の生活のために
もっとも輝く若い時間を犠牲にして
仕事や貯蓄に励むという
本末転倒なことが起きるのです
(´~`)アァー
特に海外旅行なんかは
老いてから行ってもどうしようもないでしょう
(o゜~゜)oホエ?
若い頃に行くことで
視野や価値観が広がって
その後の人生の可能性が広がるのです
(*゜ロ゜)o
これは極論だけど
60~65歳ぐらいで定年を迎えて働けなくなったら(収入がなくなったら)
その時点で人生を終える(死ぬ)
ということを受け入れられれば
老後のための貯蓄をしなくていいし
年金システムも不要になるので
現役世代の生活にかなりゆとりが生まれるはずなんですよね
(o゜ロ゜)o
現代人は
「寿命30年の種の保存のサイクル」
という本来の一生の形が
異常に延長されたことによって(平均寿命80年)
多くの時間・自由・可能性を手にしました
(*゜ロ゜)o
しかし一方では
長生きすることによって生じる
老後資金や年金や介護のような
負の問題も発生してしまいます
(゜~゜)
晩婚化の進行によって
出生率も下がります
(゜~゜)
つまり現代人が手に入れた長寿が
本当に幸せをもたらしたのかはわかりません
(゜~゜)
少なくとも言えるのは
人間の本来の寿命30年サイクルと
現代人の長寿80年サイクルには大きな乖離があり
その個体としての膨大な自由時間を何に使うか?
ということが問題になるのだけど
その自由時間(=人生)を楽しめなければ
長生きしても虚しい人生になりかねないということです
(゜~゜)
たとえば朝から晩まで働き通しで
一生を労働に費やしてしまうようなケースや
孤独な独身のまま中高年になってしまうケースです
(o´ロ`)
なので重要なのは
人間の寿命は30歳と考えて
それ以降の人生には期待しないことです
(゜Д゜)ハァ?
人生で一番楽しい時は
10代20代に決まっているので
老後なんかに期待せずに
30歳ぐらいで死んでも後悔しないように
やりたくないことはやらずに
好きなことをして
太く短く生きるべきでしょう
(*゜ロ゜)ノいぇーい
そうして自分主体で自由に生きた結果できたのが
職歴なし無職の虚無主義者ふみっこです
(≧~≦)ぶは

「明日の食糧のため」「種の保存のため」
に生きることが健全な生き方です
それをしなくてよくなってしまうとおかしくなるのが当たり前です
そもそも人生なんて無意味なのに決まっているのですから
(中島義道「生きてるだけでなぜ悪い?」)

by fumiblog | 2012-07-29 23:50 | 空想哲学 | Comments(0)
[中国プチ旅行3] なぜ人は家族を求めるのか(ふみっこin上海)
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上海 外灘から眺める浦東 (2012/7/15)

君も家族を持ちたまえ
いいかね、自分だけのために生きる人生は、いつか必ず後悔をするんだ
結果、誰にも影響を与えていないってことに気付くんだよ
スポーツでも学問でも、芸術でもそうだ
他人に影響を与えていると思うのは、うぬぼれに過ぎない
世の中がもっともっと荒れた時代が来ると、それらは何の役にも立たず、ただただ本質的なものだけが残る
食べて、眠り、愛するということだけだ
家族だよ
しょせん最後は家族なんだ
一人ぼっちで死んでいくというのは、できの悪い映画的なダンディズムに過ぎない
野島伸司「世紀末の詩」

( ´~`)ノハーイ
中国プチ旅行の最終日は上海観光をしました
(o゜~゜)oホエ?
上海は3回目なので
これが見たい!というのも特にないのだけど
まだ行ったことのない上海美術館や静安寺に行きました
(o゜~゜)o
その後は上海の中心地であり観光地でもある
人民広場・浦東・南京東路・外灘をふらふら見て周りました
(o゜ロ゜)oふらふら
そうして上海を歩いていて驚くのは
異常な人の多さです
((;゜ロ゜)オロオロ
特に観光地は国内から訪れる中国人で溢れていて
東京以上に人が多く
道に人が溢れていて
歩くこともままならないことが多々あります
((;゜ロ゜)オロオロ
あと中国にいて感じるのは
誰も人の目を気にしていないことです
(゜~゜)
それは他者のことに関心がないからなのでしょう
(どう思われようとどうでもいい)
(゜~゜)
前にも書いたけど(過去記事:個人主義の中国
中国では誰も空気を読まないし
協調性も公共心もない
強烈な個人主義社会です
(o゜~゜)oホエ?
一方で日本であれば社会人は
会社など所属する組織への帰属心や献身さが求められるので
良くも悪くも「会社人間」や「社会人」になっていきます
(´~`)
しかし中国ではそういった会社への帰属意識は希薄らしく
少しでも給料が高いところにどんどん転職するそうです
(日本人が会社人間になってしまうのは雇用の流動性が低く転職しづらいから)
(´~`)
そんな個人主義の世界における慰めや拠り所は
家族しかありません
(o゜~゜)oホエ?
この国は13億人もの人で溢れていて
自分の替わりはいくらでもいるのです
(つ~`)
しかし中国人が13億人以上
日本人は1億人以上いても
地球上に「自分」は一人しかいません
(゜~゜)
そんな自分という存在を根源的に肯定してくれるのは
家族しかいないのでしょう
(o゜~゜)oホエ?
中国の観光地では
家族で写真を撮り合っている姿を多く見ます
(*゜~゜)v いぇーい
もちろんそれは世界中どこでも見る光景なのだけど
中国の場合はそれが特に顕著というか
自分や家族の姿を写真に収めたい気持ちが強い感じがします
(´~`)
それは中国は個人主義社会であるからこそ
社会では帰属欲求が満たされないので
自分の拠り所を家族に求める気持ちが強いのでしょう
(゜~゜)
家族で寄り添い合い
互いの存在を肯定し合うことで
生きることの虚しさに抵抗しているのです
(゜~゜)
人生とは孤独な戦いであり
だからこそ人は
帰属できる居場所を求めます
(゜~゜)
そして地球上の無数の人々の中から
自分をかけがえのない存在として認めてもらえる
根源的かつ最終的な居場所が
家族です
(゜~゜)
なので人は大人になったら
どうしようもなくそこに引き寄せられていき
いつしか家庭を持つのですね
( ´~`)ノふわーい

不正を訴え、権力者を憎んだところでロクなことにはならない
金持ちを羨んでも腹は満たされない
誰がどこでなにをやっていようと、自分にはいっさい関係ない
自分にとって大切なのは、他者ではなく「自分」なのだ――

中国には特有の個人主義がある
自分が幸せならそれでいい
家族や仲間が豊かに暮らせるのなら、国の制度なんかどうでもいい
たとえ国がどうなろうとまずは自分の幸せだ、と自分の半径5メートルだけを重んじる生き方だ
(加藤嘉一「われ日本海の橋とならん」)
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by fumiblog | 2012-07-23 22:15 | 旅行 | Comments(2)
[中国プチ旅行2] なぜ人は平和を願うのか(ふみっこin南京大虐殺記念館)
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中国 南京 南京大虐殺記念館 平和の女神像 (2012/7/14)

中国では、1950年代半ばから、周恩来の指揮のもと、対日政策を立案する「対日チーム」が結成されていました
チームの中には日本に(日中戦争の)賠償請求をすべきだという声もありましたが、周恩来が説得し、毛沢東の同意を得て、1964年に「賠償請求をしない」と決定していたのです

(1972年の日中国交正常化で)日本に賠償請求をしないという中国の方針は、予想どおり、日本国内で感激をもって受け止められました
多くの日本人は、どんないきさつがあるにせよ日中戦争は大陸で戦われ、中国の人々に大きな犠牲を出したことを後ろめたく思っていたからです
それを「水に流す」(と日本人は受け止めた)という姿勢に感激したのです

また、この年の11月、日中国交回復を記念して、中国から二頭のパンダ「カンカン」「ランラン」が贈られました
当時はまだパンダという動物のことが日本では知られていませんでしたから、愛らしい姿に多くの日本人が魅了されました
パンダをきっかけに、日本国内では空前の日中友好ブームが巻き起こりました

(池上彰「そうだったのか!中国」)

( ´~`)ノハーイ
観光2日目は日帰りで南京に行きました
(o゜~゜)oホエ?
中国4大古都のひとつ南京は
意外に上海から近いんですよね
(o゜ロ゜)o
といっても東京-名古屋ぐらいの距離があるのだけど
2年前に最高時速350kmの新幹線が開通したことで
最短1時間のノンストップで上海と結ばれたのです(参考記事
(高速バスだと4時間半)
(ノ゜~゜)ノビューン
ところで南京といって連想されるのが
日本軍が1937年の南京侵攻の際に行ったとされる
南京大虐殺です
(´~`)アァー
そんなわけで南京には
南京大虐殺の記念館(侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館)があります
(゜ロ゜)ギョエ!!
しかし南京大虐殺は
そもそもなかったという主張もあり
その真偽や被害者数は諸説あるのだけど(Wikipedia-南京大虐殺論争
ふみっこ自身は戦争マニアというわけではなく
特に詳しくもありません
(o゜~゜)o
しかしこういうスポットはやはり興味が沸くので
南京訪問の第一目的が
この記念館に行くことでした
(*゜ロ゜)o
高速鉄道が発着する南京南駅に着いた後
地下鉄で約30分のところにある記念館に直行しました
(o゜ロ゜)o
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そうして入口のところまで来たら
驚愕しました
(゜ロ゜)ギョエ!!
中国人の団体観光バスが多数乗り付けていて
入口には行列ができているのです
(´~`)アァー
この記念館はもう何年も前からあるのだけど
現在も大人気スポットみたいで
中国人にとっても南京観光では外せない見所みたいです
(o゜~゜)o
自国の悲劇の歴史を見に行くという意味では
日本人が広島や長崎の原爆資料館に行くのとよく似ているのでしょう
(゜~゜)
行列に並んで内部に入ると
日本軍が行ったとされる蛮行の数々が
次々と展示されていて
日本人としては複雑な気持ちにならざるを得ません
(´ロ`)アァー
この記念館は中国語・英語・日本語の3ヶ国語で説明されているので
日本人にもよく理解できる作りになっています
(゜~゜)
南京大虐殺だけでなく
日本の中国侵攻のあらましも解説されています
(o゜ロ゜)o
そして中国側からの視点で
太平洋戦争当時の日本を見ると
日本の軍事大国ぶりが凄まじく
中国にとって日本は大きな脅威だったことがわかります
((゜ロ゜))ブルブル
そもそもなぜ南京大虐殺が大きな問題、屈辱なのかというと
南京は当時の中国の首都だったからです
(o゜~゜)oホエ?
中国軍が日本に上陸して
東京を制圧したことを想像してみてください
(゜~゜)
敵軍に首都が制圧されてしまうというのは
かなりショッキングなことであり
中国は首都・南京の陥落によって
日本に対して圧倒的な敗北感を味わったのです
(´ロ`)アァー
なのでこの記念館に来た中国人は
自国の弱さと日本の強さを
嫌でも思い知らされてしまうのです
(´ロ`)アァー
中国人はこんなの見せられてプライドが傷つかないのかな?
と心配してしまうほどです
(´ロ`)
私たちは戦後の反戦教育によって
日本は原爆を落とされて焼け野原になって敗れた敗戦国という印象が強いのだけど
それは一面でしかなく
一方ではアジアを圧倒的に制圧した軍事大国だったという側面もあります
(*゜ロ゜)ノ
なので現代の中国が
日本の首相が靖国神社に参拝した程度のことでひどく非難したり
(現代日本人は平和ボケしてるのに)日本の軍国主義の復活だ!などと言ったりするのは
かつてボコボコにされた軍事大国日本に対する
強いトラウマや警戒心を持っているからなんですね
(゜~゜)
ところで中国では学校で反日教育が行われているとよく言われるけど
この記念館は意外にも
日本を糾弾する(日本に怒りをぶつける)内容にはなっていません
(o゜~゜)oホエ?
そもそも中国は1972年の日中国交正常化の際に
戦争賠償の放棄を決めていて
この記念館でもそのことが書かれてあります
(゜~゜)
人類が犯した悲劇の歴史は記憶しておく必要があるけれど
それは「平和な世界への願い」からであり
今の日本人を責めるものではない
といった感じです
(o゜~゜)o
なのでこの記念館は
想像していたものよりずっとまともな内容でした
(o゜ロ゜)o
ところでこのような
「悲劇の歴史の記憶」や
「平和な世界への願い」といった主張は
日本人にも馴染み深いものだと思いませんか?
(o゜~゜)oホエ?
それはつまり
唯一の被爆国である日本が
原爆を落とされた歴史に対して発する主張と
よく似ているのです
Σ(゜~゜)ガビーン
この施設を一周すると
最後に平和の女神像が立っていて
「平和への祈り」で幕を閉じます
(゜~゜)
戦争の悲惨さを知って
平和な世界を願うこと
(゜~゜)
それは日本人の私たちも
小学校で夏の頃に受けた
原爆投下や沖縄戦などを教材とした反戦教育によって
また「火垂るの墓」や「はだしのゲン」などの作品によって
さんざん学んだことでした
(゜~゜)
なぜ人は
戦争の悲惨さを記憶に留めようとするのか
平和な世界を願おうとするのか
(゜~゜)
それはかつて圧倒的な敗北と犠牲を味わった敗戦国に
共通する想い(トラウマ)だからです
(つ~`)ぐすん

(↓クリックすると拡大して文字が読めます)
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■関連リンク
南京大虐殺紀念館 - Wikipedia
南京大虐殺紀念館 - tripadvisor

■南京の見所レビュー(訪問順)
○南京大虐殺紀念館
○中華門
○夫子廟周辺の繁華街
○夫子廟
○新街口
by fumiblog | 2012-07-19 22:00 | 旅行 | Comments(0)
[中国プチ旅行1] 人は苦しむとわかっていても生きていく(ふみっこin杭州)
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中国 杭州 曲院風荷 (2012/7/13)

人々はいつも私をとくに幸福に恵まれた者として賞賛します
けれども、私の人生は基本的には苦心と苦労のほかにはありませんでした
いままでの75年を通じて、ほんとうにくつろいだのは4週間もなかったのです
(ゲーテ)

( ´~`)ノハーイ
この数年、7月中旬の3連休にアジア小旅行をしているのだけど
(昨年はクアラルンプールブルネイ、一昨年は上海
今年も4連休にして上海に行きました(7/12~16)
(o゜~゜)oホエ?
本当は3年ぶりに香港に行きたかったのだけど
ANAマイル利用の無料フライトは香港便は空きがなく
消去法的に上海になりました
(゜~゜)
上海に行くのは3年連続3回目になります
(゜ロ゜)ギョエ!!
しかし今回の主目的は上海ではなく近郊の都市で
1日目は杭州に日帰り
2日目は南京に日帰り
3日目に上海観光をしました
(o゜ロ゜)o
上海は片道1時間圏内に
杭州、蘇州、水郷古鎮、南京などの観光地・都市があり
周辺にも見所が多いんですね
(o゜~゜)o
そんなわけで初日は
上海から新幹線で片道1時間の観光地
杭州(こうしゅう・ハンジョウ)に行きました
(o゜ロ゜)o
杭州は中国人にも人気の観光地らしく
土日は異常に混雑するというので
金曜に行きました
(o゜ロ゜)o
しかしそこには
真夏の洗礼というべき
試練が待ち構えていたのです
(´~`)アァー
ところで杭州や南京は新幹線のような高速鉄道で行くのだけど
ふみっこは中国で長距離鉄道に乗ったことがありません
(昨年の西安や成都はフライト移動)
(゜~゜)
当然切符を買わなければならないのだけど
これがけっこう面倒なんですよね
(o゜~゜)o
自動券売機もあるのだけど
それが数ヶ月前から外国人は利用できなくなって
窓口でパスポートを提示しなければ買えなくなりました
(゜~゜)
しかしネットで見た情報によると
切符を売る窓口は
最長1~2時間もの行列ができるというのです
(゜Д゜)ハァ?
あとは中国語ができなければ言葉も通じないので
事前にネットで時刻表を調べて
希望の列車番号や枚数を紙に書いておく必要あります
(゜~゜)
ふみっこは火車網.comの時刻表をオフラインでも見れるようにpdfにして
iPhoneに入れておきました
(´~`)
webページをpdf化するアプリはCubePDFや
またはGoogleChromeに標準装備されています(印刷からできる)
(o゜~゜)o
問題は窓口の行列なのだけど
平日だったからかそれほど混んでなくて
20分ほどで買えました
(´~`)ホッ
手書きのメモを見せるので何も問題なかったです
(o゜ロ゜)oハオハオ
いちいち窓口に並ぶのは面倒なので
今日の杭州往復と明日の南京往復の計4枚をまとめて買いました
(o゜ロ゜)o
そうして中国版新幹線に乗り込んだのだけど
日本の新幹線とほぼ同レベルで
車内もすごくきれいで驚きました
(゜ロ゜)ギョエ!!
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時速も300kmオーバーというのだから
中国の高速鉄道インフラは
すでにかなりのハイレベルに達しています
(フランスのTGVよりきれいで快適)
(゜ロ゜)
それでいて中国だけあって運賃は驚くほど安く
上海-杭州は片道78元(970円)
上海-南京は片道135元(1670円)です
(´~`)
1時間弱で杭州駅に着いて
タクシー乗り場へと向かいました
(o゜~゜)o
杭州の見所は西湖という湖周辺に広がっていて
西湖まではバスも走っているのだけど(3元=40円)
タクシーで行っても20元(250円)と激安なので
タクシーにしました
(o゜~゜)o
しかしタクシー乗り場は行列ができていて
20分ほど並びました
(゜ロ゜;Aアセアセ
タクシーに乗車した後も
駅前の道路が大渋滞していて遅々として進みません
(´~`)アァー
平日でこれなら土日はさらに酷いのでしょう
(゜~゜)
5kmの距離を30分ほどかかって
雷峰塔という見所に着きました
(o゜ロ゜)o
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この塔は上階まで登れて
西湖を見渡すことができます
(*゜ロ゜)
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しかし杭州は異常に湿度が高く
ただ立っているだけでも汗が吹き出てきます
(゜ロ゜;Aアセアセ
結局この日は最後まで
この暑さ(湿度の高さ)に苦しめられることになります
(゜ロ゜;Aアセアセ
ハンドタオルで拭いても
すぐにまた吹き出てくるので
途中からは流れるままにしておきました
((;゜ロ゜)ダラダラ
湿度100%のサウナ状態です
((;゜ロ゜)ダラダラ
もはや観光もどうでもよくなってくるのだけど
わざわざ中国まで来て観光しないのももったいないので
修行僧になったような気分で観光しました
((;´ロ`)アセアセ
途中からはもはやこの旅は楽しむためのものではなく
ただ苦しむためのものになっていました
((;´ロ`)アセアセ
普段は家にこもってPCの前に座っているのが
ふみっこの生活の大半なので
突然暑さの中で長時間歩き回るのも体力的に厳しく
それが苦しみに拍車をかけます
((;´ロ`)フラフラ
いつもそうなのだ
と思いました
((;´ロ`)フラフラ
アジア旅行はいつも
何か問題が起きて
混沌の中に突き落とされるのです
((;´ロ`)フラフラ
今回は異常な暑さと
自分の体力のなさでした
((;´ロ`)フラフラ
わざわざ時間とお金をかけて
苦しみに来たのだから笑えません
((;´ロ`)フラフラ
しかしそれは
人生でも同じなのでしょう
((;´ロ`)ホエ?
普通に考えると
人生そのものが
苦しことや辛いことの連続です
((;´ロ`)
それでもなぜ私たちは
生まれてきたことや生きることを
肯定的に捉えるのでしょうか?
((;´ロ`)ホエ?
それはおそらく
永遠の無であるよりは
苦しみがあったとしても
有ること、生きることはそれ自体に価値があると
多くの人がなんとなく感じているからでしょう
((;´ロ`)
何もしないでいるよりは
苦しんだとしても
何かをした方が充実感が得られるのです
((;´ロ`)
苦しくても何かをする
そこに生きることの充実感がある
それが人生というものであるからこそ
苦しむとわかっていても
人生を辞める(自殺する)人は滅多にいません
((;´ロ`)
ひたすら歩き回り
永遠に感じられる苦しみの中で
ふみっこも心の片隅では
充実感を得ていたのでした
((;´ロ`)フラフラ
そんなこんなで観光した西湖は
中国的な独特な美しさと風情があり
旅行者の期待を裏切りません
((;´ロ`)
気候のいい秋や春に訪れれば
最高の観光になるはずです
(*´ロ`)ノハーイ
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■杭州の見所レビュー(訪問順)
○西湖
○雷峰塔
○浄慈寺
○蘇堤春暁
○三譚印月
○曲院風荷
○断橋残雪
○西湖天地
○河坊街
by fumiblog | 2012-07-17 17:24 | 旅行 | Comments(6)
自己を失うとき
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アイルランド ダブリン セント・スティーブンス・グリーン (2012/4/22)

自分の周囲にいるたくさんの人間の群れを見ているうちに、
さまざまな世間的な俗事に忙しくたずさわっているうちに、
自己自身を忘却していまい、あえて自己自身を信じようとせず、
自己自身であろうなどとはだいそれたことで、
他の人々と同じようにしているほうが、猿真似をしているほうが、
数の一つとなって群集のなかに交じっているほうが、
はるかに気楽で安全だと思ってしまうのである

世間の人は、自己というようなもので大騒ぎなどしない
なぜかといって、自己などというものは、
世間ではいちばん問題にされないものであり、
それをもっていることに気づかされることが、
何よりも危険なことであるようなものだからである

自己自身を失うという最大の危機が、
世間ではまるで何でもないことのように、
いとも平静におこなわれているのである
(キルケゴール「死にいたる病」)

( ´~`)ノハーイ
このブログを始めてから
早いもので2年が経ちました
(゜~゜)
2周年を記念して
1年ほど前から思っていたことを告白します
(o゜~゜)oホエ?
それはふみっこはすでに
書くことがなくなりつつあり
毎回「今回は何を書こうか?」という段階で
かなり困っています
(≧~≦)ぶは
ふみっこは普通のこと
(今日何をした、何を食べた、どこに行った等)
は書きたくないというポリシーがあり
このブログでも今まで一度も食事の話は書きませんでした(たぶん)
(゜~゜)
なぜならそれをしてしまうと
ありふれた普通のブログになってしまい
個性がなくなるからです
(゜~゜)
なので毎回テーマが必要なのだけど
しかしそのテーマが欠乏しつつあるわけです
(つ~`)
なので昨年の中国旅行紀中東旅行紀を数回に渡って詳しく書いたり
1ヶ月ほど前は株の話を連続して書いたりして
ネタ不足をごまかしてきたのです
(≧~≦)ぶは
ネタ不足の第一の理由は
ふみっこ的に書きたいことや言いたいこと
重要だと思うことは
もうだいたい書いてしまったからです
(゜~゜)
ふみっこのテーマはもうすでに出尽くしていて
同じことをずっと書き続けるという手もあるのだけど
似たような話になってしまうんですよね
(゜~゜)
しかしブログを書くのは楽しく有意義なので
やめたいとは思いません
(o゜~゜)oホエ?
それはブログで自分の考えや思いを好き勝手に書くというのは
理性による自慰のようなもので
ブログを書いている時は
脳内麻薬が分泌しているのを感じます(参考記事
(*´~`)クラクラ
「自分の思いを語る」というのは
誰も関心を示さなかったとしても
その行為自体が楽しいことなのです
(*´~`)クラクラ
それとは別に
・アウトプットすることで記憶の定着が高まる
・何かを人に説明することで自分自身の理解も深まる
・自分の考えや価値観を書き残しておきたい
といった理由もあります
(゜~゜)
しかしブログ(またはSNSやツイッター等)を書き続けるのは
それなりにエネルギーや時間を必要とします
(o゜~゜)o
仕事の一部としてではなく
純粋に趣味としてそれらが長続きする人は少数派で
短期間のあいだ自分の中で盛り上がっても
しばらくしたらやめて(放置して)
それぞれの生活の中に帰っていくのが普通だったりします
(´~`o)
そうして生活の中に舞い戻って
自己主張をやめるというのは
ある意味では
「自己を失った」ということでもあるのです
(o゜~゜)oホエ?
なぜならふみっこ自身が
この1年ぐらいで
徐々に自己を失いつつあることを
リアルに感じているんですよね
(゜Д゜)ハァ?
「ブログで特に書きたいこと(言いたいこと)がない」
という状態は
まさに自己の消失そのものだからです
(つ~`)
逆に言えば
濃密な自己や自意識や問題意識を持っている人は
それを放出すればいいだけなので
書くネタに困ることはないでしょう
(゜~゜)
ふみっこも空想サイトやこのブログを始めた最初の1年ぐらいは
そんな感じだったわけです
(*ノ゜ロ゜)ノウヒャー
しかしこの世界は実は
「自己」というものを持たなくても生きていくことができるし
むしろそんなものは持たない方が
気楽に生きることができます
(o゜~゜)oホエ?
強い自意識や自己主張のようなものを持って
ネットで自分を語ったりすることは
芸能人や有名人はそれが仕事の一部であっても
一般人にとっては生きていく上で別に必要のないことであり
暇人のやることなのです
(´~`)アハハ
すでに自分のやるべきこと(仕事や学業や子育てなど)を持っている人は
特に何も考えなくても
日々自分のやるべきことをこなしていれば迷いなく生きていけます
(´~`)
日々の生活を送ることで精一杯で
そこにエネルギーと時間の大半を吸い取られる
それが多くの大人にとっての普通の生活です
(゜ロ゜;Aアセアセ
そうして忙しく生活にかかずらっているうちに
どんどん時が過ぎていき
自分という存在は
会社や家庭の中の歯車のひとつとなり
改めて自分について考えたり悩んだりすることもなく
いつしか自己を失っていきます
(´~`o)ぽっくり
つまり妙に強い自意識を持っていたりするのは
中二病という言葉に揶揄されるように
世間的には子どもっぽいことなのです
(゜~゜)
しかし、だからこそふみっこは
強い自意識を持って
自己主張しなければならないと思いました
(o゜~゜)oホエ?
ふみっこは生活の中に埋没した生活者にはなりたくなくて
いつまでも子どもっぽい空想哲学者・社会不適応者でありたいからです
(´~`)アハハ
しかしふみっこはもはや
2年前にはあった濃密な自意識を失いつつあります
(゜~゜)
ふみっこもいつか考えることが面倒になり
この世界に対するさまざまな疑問や問題意識も消え失せて
自己を失って
ブログも更新しなくなって
生活の中に埋没する時がくるのかもしれません
(´~`o)
そうならないためには
永遠の中二病患者として
疑問を持ち続けて
本質を考え続けて
奇妙な存在であり続けて
空想哲学者ふみっことしての自己を保ち続けなければならないので
ふみっこさんには頑張って欲しいです
(o´ロ`)ノふあーい

自己をもつこと、自己であることは、
人間に与えられた最大の譲与であり、無限の譲与であるが、
しかし同時に、永遠が人間に対してなす要求でもある

人生を空費した人間というのは、
人生の喜びや人生の悲しみに欺かれてうかうかと日を送り、
永遠に、断固として、自分を精神として、自己として、
自覚するにいたらずおわった人のことである
(キルケゴール「死にいたる病」)

by fumiblog | 2012-07-06 23:00 | ふみっこ哲学 | Comments(11)