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容姿に関する本質的な話
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スウェーデン スカンセン野外博物館 (2011/5/2)

美を生物学的な適応という視点から眺めてみよう
骨子は単純である
美は喜びを誘い、注意を引きつけ、種の保存を確実にするための行動を促すもの、ということだ
美に対する人間の敏感さは本性であり、言い換えれば、自然の選択がつくりあげた脳回路の作用なのだ

私たちがなめらかな肌、ゆたかで艶のある髪、くびれた腰、左右対称の体を好ましく感じるのは、進化の過程の中で、これらの特徴に目をとめ、そうした体の持ち主を配偶者に選ぶほうが子孫を残す確率が高かったからだ
私たちはその子孫である
(ナンシー・エトコフ「なぜ美人ばかりが得をするのか」)

( ´~`)ノハーイ
前回の記事(人生が遺伝で決まるとしたら)で
人の能力や適性って生まれつき決まってるんじゃないか?
というひどい話を書きました
(゜~゜)
今回は前回の内容とも関連するのだけど
もっとひどい話を書きます
(≧~≦)ぶは
でも仕方ないんですよね
(o゜~゜)oホエ?
それがひとつの生物学的事実であり
世界の本質を追い求める空想哲学者(笑)としては
本質的な話に惹かれてしまうのです
((;゜ロ゜)oプルプル
そんなわけで今回の記事は長くなったのだけど
最後まで読んでもらえると
・なぜ美男美女はモテて、不細工はモテないのか?
・なぜ女性は美容に多くの時間やエネルギーを費やすのか?
・なぜ男は若い女性のヌードに興奮し、中高年女性のヌードに萎えるのか?
といったことがわかります
(≧~≦)ぶは
ところで本題だけど
前回書いた生まれつきの能力差と同じように
容姿にも生まれつきの差が明確にあります
(゜~゜)
容姿というのは一目で見てわかるものなので
能力よりもずっとわかりやすく
だからこそ残酷なものでもあります
(゜~゜)
不細工に生まれたとしても
それは生まれつきのものであり
本人が悪いわけではありません
(゜~゜)
それでも人は恋人や結婚相手には
より容姿のいい相手を求めるという事実があって
恋愛市場や結婚市場において
美人やイケメンが売れ残ることはあまりありません
(゜~゜)
一方で容姿に重大な問題があると
それだけで
一生恋愛や結婚とは無縁の生活を送る可能性もあります
(゜~゜)
つまり生まれつきの容姿の差異によって
モテる人は圧倒的にモテ続けて
モテない人は圧倒的にモテないままです
(´ロ`)
その理由は文化的なものではなく
極めて本能的なものであり
人間もまた
遺伝子伝達のための生存機械でしかないという事実を
残酷なまでに表しているのです
(o゜~゜)oホエ?
「なぜ美人ばかりが得をするのか」
という認知科学の研究者が書いた真面目な学術書があって
人間や動物の美醜のメカニズムを科学的に研究し尽くしたような驚愕の本なのだけど
この本のある実験で
人々の顔を写したスライドを数百枚用意して
大人たちにそれぞれの魅力の度合いを評価してもらうというのがあります
(゜~゜)
その後に生後数ヶ月の赤ちゃんに
同じスライドを見せると
大人が高い評価をつけた(美男美女の)顔を
赤ちゃんたちはより長い時間見つめたのです
(o゜~゜)oホエ?
つまり赤ちゃんであっても
複数の顔の中から美しいものを識別する能力を
生まれながらに持っているのです
(゜~゜)
それはつまり
美男美女に惹かれるプログラムが
私たちは生まれながらに備わっているということです
(゜ロ゜)ギョエ!!
なぜなら「美しい異性に惹かれる気持ち」というのは
生存競争において有利だからです
(゜Д゜)ハァ?
それは美しさというのは
優性の遺伝子(Good Gene)を示しているからです
(o゜~゜)oホエ?
孔雀が尾羽根の美しさを競うのはよく知られているけど
そのような見た目の美しさとか
左右対称(シンメトリー)の整った容姿というのは
寄生虫や病原菌に対する免疫力が優れていることを示しているのです
(o゜~゜)oホエ?
寄生虫に冒された孔雀は
栄養素を尾羽根に行き渡らせることができなくて
色鮮やかな羽根を持つことができません
(゜~゜)
なので孔雀の尾羽根の美しさというのは
優れた免疫力を持つこと(健康体であること)を示しているのです
(*゜~゜)ノキラキラ
そのような個体ほど交配相手を獲得しやすく(モテる)
子孫を残しやすいのです
(*゜~゜(゜ x ゜*)
なぜなら健康な異性との間に生まれた子は
親の優れた免疫力を受け継ぎ
その子もまた生存競争や種の保存において有利になるからです
(゜ロ゜)
それは人間も同じで
シンメトリーな顔立ちや体型を持つ人は
免疫力の高さや健康体であることを示しています
(o゜~゜)o
現代は医療が高度に発達しているので
若くして病死する人はほとんどいないけれど
人間の本能プログラムは狩猟採集時代からほとんど進化していないのだそうです
(o゜~゜)oホエ?
そして数百万年に渡る狩猟採集時代では
30歳まで生きれる人は
2~3人に1人しかいませんでした
(過去記事:人間の寿命は30歳だった
(゜~゜)
なので過酷な環境の中をたくましく生き延びて
子孫を残すことができる
高い免疫力や健康な体を持つ個体に
大きな価値があったわけで
それを端的に示すのが
見た目の美しさやシンメトリーな顔立ち・体型なのです
(゜ロ゜)
だからこそ私たちは見た目が美しい美男美女に
本能的に惹かれるようにできているのです
(*´~`)ドキドキ
なぜなら美しい異性とセックス(結婚)することで
優性な遺伝子を受け継ぐ子が生まれて
その子もまた子孫繁栄競争において有利に生きることができるようになり
自分(親)の遺伝子を孫へと受け継いでくれる可能性が高くなるからです
(゜ロ゜)
そういった子孫繁栄的な理由で
私たちは美しい異性に惹かれてしまうのです
Σ(゜~゜)ガビーン
たとえば中学生がクラスメートに恋をするといったような
結婚や出産をまったく目的としない惹かれ方であっても
本能プログラムとしては
あくまでも出産(子孫繁栄)を目的として惹かれているのです
Σ(゜~゜)ガビーン
つまり本能プログラムは遺伝子伝達のことしか考えていないのです
(ノд-。)クスン
容姿の美醜の差は親子関係であっても
残酷な差別をもたらします
(o゜~゜)oホエ?
母親が我が子をかわいがるのは当たり前だけど
それも魅力的な(美形の)子ほど時間を割いて愛情を注いで
魅力的でない子はあまりかわいがらない(時間や手間をかけない)ことが実験でわかったのです
(゜Д゜)ハァ?
アメリカで幼児虐待を受けて施設に保護された子どもたちを調査したら
外見的魅力にとぼしい子が虐待されるケースが圧倒的に多かったのだそうです
Σ(゜~゜)ガビーン
それにも理由があって
動物の世界では健康で生命力にあふれた子の方が
母親から優先的にエサをもらえて
不健康な子はもう諦められて無視されるのだそうです
(´ロ`)アハハ
自然界ではエサという資源は貴重なものなので
親は自分の遺伝子を孫へと受け継いでくれそうな優性な子に
優先的にエサを振り分けるのです
(゜~゜)
そういった本能プログラムが人間にも残っていて
兄弟姉妹でもより魅力的な子の方に
母親は強い愛情を向けるようにできているというのです
(つ~`)ぐすん
つまり美しい容姿を持つ個体は
子孫繁栄競争における強者として
動物界でも人間界でも
優遇されるようにできているのです
( ゜ロ゜)ポカーン
親子関係でも恋人関係でもない
通りすがりの赤の他人であっても
美男美女はそれだけで
敬意を払ってもらえたり
親切にされたり
助けてもらえたり
褒められたりすることが多いのだそうです
(そういう実験例がこの本にいろいろ載っている)
( ゜ロ゜)
美しい人は優遇され
不細工は軽視される
強者に優しく弱者に厳しい
残酷な話だけどそれが自然界の現実なのです
( ゜ロ゜)ポカーン
最後にこの世の中にはなぜ
若い女性のグラビア、ヌード、ポルノが溢れているのか
一方でなぜ中高年女性のヌードは需要がないのか
その理由を書いておきます
(o゜~゜)oホエ?
なめらかな肌、豊かで張りのある胸、くびれのあるウエストが魅力的なのは
それらが妊娠・出産能力(以下生殖能力)の高さを示しているからです
(*゜ロ゜)
そのような若い女性の魅力的なヌードを見た時に
男の本能プログラムが無意識下で思うことは
「この女は魅力的な(健康な)子を産んでくれる!」
(なので性的な興奮が喚起される)
ということです
(≧~≦)ぶは
そして若い女性(10代後半~20代前半)は生殖能力(妊娠可能性)が高いので
男は本能的に若い女を追いかけるようにできているのです
(*゜ロ゜)
女性アイドルがその年齢に集中しているのはそれが理由です
(*゜ロ゜)
つまり男の本能は「女性の身体」そのものではなく
あくまでも「生殖能力の高さ」に興奮するようにプログラムされているので
生殖能力が衰える中高年女性のヌードには興奮しないのです
(´ロ`)
一方で女性が男ほど異性の年齢にこだわらないのは
男は歳を取っても生殖能力がそれほど落ちないからです
(゜~゜)
またモデルのような痩せすぎた女性を男があまり評価しないのは
痩せすぎ体型は健康体のサインを示していないので
性的にあまり興奮しないからです
(痩せすぎ=生殖能力が低い=興奮しない)
(゜~゜)
男が胸の大きな女性を好むのは
それが生殖能力の高さを示すものの代表例だからです
(胸が大きい=エストロゲン・女性ホルモン値が高い=生殖能力が高い=興奮する)
(*゜ロ゜)
そんなわけで若い美女が特別に輝いて見えるのは
そして若い女のグラビアやヌードが世の中に溢れているのは
それが生命の生存理由である
優性の子孫繁栄を強く象徴するものであり
だからこそ男たちはどうしようもなく本能的に惹かれてしまうのです
(*゜~゜)ノキラキラ
一方で30代以降になっても女性が美容で若く美しくを目指すのは
男が若く美しい女性に本能的に惹かれる以上
女は若く美しく見せることによって
優れた異性の獲得や
恋人や配偶者との関係維持に繋がるからです
(*゜~゜)ノキラキラ
なので独身女性が美容・メイク・ファッション・ダイエットに
多くの時間・お金・エネルギーを注ぐのは
それが優れた異性を獲得する(繋ぎ止める)ための
王道の戦略だからです
(*゜~゜)o
一方で美容整形が非難されるのは
見た目に現れる真実(生殖能力の高さ低さ、優性か否かなど)をあざむくものだからです
(゜~゜)
つまり相手の外見から私たちはいろいろな情報を読み取って
相手のことを判断しているのです
(゜~゜)
なので男も容姿がどうであれ身だしなみやファッションに気を遣うことで
「優性(Good Gene)な人」という錯覚を相手に喚起させて
異性から良い印象を持たれる可能性を高められるのです
(それは就職活動などでも同じ)
(*゜~゜)o
もっともそのような泥仕合――子孫繁栄競争が繰り広げられるのも
人間が遺伝子に支配されているからなんですね
(´~`)アァー

私たちが立ちむかうのは、見かけ主義がうわべでは否定されながら、そのじつ身近にあふれている世の中である
人びとは見かけは問題ではないと言いたがる
しかし、市場開発をめざす経営者の誰もが、パッケージやイメージが、製品そのものと同じほど重要なことはわきまえている
私たちは外見をたんなる快・不快の要因としてだけでなく、ひとつの情報源として受けとる
心は表面的なものと中身とを簡単に区別はできず、たいていの人が内心では両者の間になんらかの関係があると考える
(ナンシー・エトコフ「なぜ美人ばかりが得をするのか」)

■参考文献
ナンシー・エトコフ「なぜ美人ばかりが得をするのか」
森川友義「なぜ、その人に惹かれてしまうのか?」
麻生一枝「科学でわかる男と女の心と脳」
by fumiblog | 2013-02-19 19:17 | 空想哲学 | Comments(19)
人生が遺伝で決まるとしたら(遺伝決定論)
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ミャンマー ヤンゴン川 (2013/1/2)

やっぱり一流になる子って、何か違うんですよ
その分野の人間が見たら、パァーッと何か持ってるってわかるんですよ
我々はどの練習生をも一流にしたいんですけど、やっぱり「この子はだいたいここまでだな」という、ある程度の線が僕の頭の中では引けてしまいますね
そう、だいたい十日前後でわかります
一ヶ月、二ヶ月経つと、もう完璧にわかりますね

素質があるのは本当にひとつまみです
それなのに我慢比べのように頑張るでしょう
こっちは見てわかっているからつらいですよね
(ボクシングジムのトレーナー談)

* * * * *
――誰でもこつこつ努力していけばいい、というものではありませんか?

長嶋茂雄「メジャーにならないです。そういうのは並の話ですからね。我々はみんな、人より優れた、何倍も優れた人たちの集団でしょう。プロというのはそういう特殊な集団ですから」

――並の話はしていられませんね

長嶋茂雄「そうなんです。その中でまた頂点を極めていくんですから、最終的には感性だと、僕は思いますね」

(内館牧子「夢を叶える夢を見た」)

( ´~`)ノハーイ
この前の年末年始旅行中に
「遺伝マインド」 「遺伝子の不都合な真実」
という本を読みました
(o゜~゜)oホエ?
人間の能力は「(両親からの)遺伝」と「(生まれ育った)環境」で決まるとされているけど
この本は特に「遺伝」に着目した内容で
いろいろ思うことがありました
(゜~゜)
両親からの遺伝の影響の強さといった問題は
おおっぴらに語ると
生まれつきの不平等を意識せざるを得ないし
優生学に繋がったりするので
一般的にはあまり語られないのだけれど
科学的にはひとつの事実なのです
Σ(゜~゜)ガビーン
特に衝撃的だったのは
「音楽能力」「スポーツ能力」「数学能力」は
遺伝の影響が強く
能力の80~90%は遺伝によって決まるのだそうです
(゜ロ゜)ギョエ!!
なぜそんなことがわかるのかというと
長年に渡る双子の研究から
「遺伝か環境か」の答えが見えてきたのです
(o゜~゜)oホエ?
双子でも一卵性と二卵性があるのだけど
一卵性双生児は
生まれ持った遺伝子配列がまったく同一です
(なので容姿も同じ)
(゜~゜)
それで生まれた直後に
双子の片方が里子に出されるなどして
生き別れてまったく別々の環境で育ったケースというのが
世界中にけっこうあるのです
(o゜~゜)o
そういったケースを追跡調査すると
まったく異なる環境で育ち
両親や双子の片割れに一度も会うことのないまま
20~30年経って大人になった後も
その双子は就いた職業や
知能レベルや性格特性
日々の行動パターンやクセなどが
非常に似通っているケースがたくさんあるのだそうです
(゜ロ゜)ギョエ!!
生き別れて育った双子はそれぞれ異なる環境の影響を受けているわけで
生育環境が能力や性格に影響を及ぼしそうだけど
遺伝か環境かだと前者の影響の方がずっと強かったのです
(゜~゜)
ただ遺伝の影響の度合いというのは
一概に言えるものではなく
当然ながら環境の影響も受けるし
能力や性格の項目ごとによって大きな差異があって
言語能力や社会的態度などは
育った環境の影響の方がずっと強かったりするのだけれど
上に書いた音楽、スポーツ、数学能力などは
遺伝の影響がかなり強いことがわかったのです
(゜~゜)
つまり音楽やスポーツは才能に拠るところがかなり大きいので
才能(遺伝的素養)のない人が努力しても
才能のある人に対して大きなハンディを背負っていて
分の悪い勝負をし続けなければならないことになるのです
(゜~゜)
それが仮に真実だとしたら
プロのアーティストやプロスポーツ選手と
それに憧れるファンの構図ってかなり皮肉なんですよね
(o゜~゜)oホエ?
人気アーティストやプロスポーツ選手が
「私は努力してここまで頑張ってきました。みんなもやればできます!」
みたいなことを言ってファンが真に受けたとしても
結局は生まれつきの才能の有無によって
勝負が決まっているだけかもしれないのです
(´~`)アハハ
ところでふみっこの母親はごく普通の凡人なのだけど
学生の頃は比較的頭が良くて
小学校の時クラスで一番計算問題を解くのが早かったという話を昔聞きました
(o゜~゜)oホエ?
それにも遺伝的な理由があって
母親の両親が二人とも教師だったからです
(´~`)
そしてふみっこもまた
小1の時に限れば
クラスで一番計算が早かったのです
(関連日記:ふみっこの寂しい思い
(゜ロ゜)
なのでひょっとしたら
母親から遺伝した
生まれ持った計算能力の高さ(またはそこから生じる合理性)が
株トレードをする上で有利に働いている可能性があります
(´~`)アハハ
しかし母親はスポーツとか音楽とかはまったくダメで
ふみっこもそれらは子どもの頃から不得意でした
(´ロ`)
そう考えると人間って生まれ落ちた時点で
「適性(自分に向いている職業)」というものがある程度決まっていて
「憧れ」とか「夢」とかよりも
「生まれ持った自分の資質・適性に適した仕事」
を見つけられるかどうかか重要なのかもしれません
(゜~゜)
なのでよく言われる
「自分のやりたい仕事をしましょう」
ってちょっと違うんですよね
(o゜~゜)oホエ?
自分がやりたいことや憧れであっても
まったく適性がないことも十分ありえるわけです
(´~`)
なので自分の能力、性格、得意なこと、苦手なことなどを
自分自身でよく理解して
あくまでも自分に向いていることに取り組むことが
成功への近道なんですね
(o´~`)ノハーイ
そして自分が何者なのかを客観的に知ることができる一例が
エゴグラムなのです
(´~`)ノハーイ

――たとえば小説家になりたい人がいて、血のにじむ努力をすればある程度のところまでいけますか

見城徹「いや、それはありえないでしょうね
だから、自分を知らないヤツはダメです
幻冬舎にもいっぱい来ますよ、持ち込み原稿
送られてくるのもいっぱいあります
で、自分はすごくいい小説を書いたつもりで連綿と訴えてくるわけですよ
自信があってどのこうのって
でもたいていは単なる思いこみで、こんなもの誰が読むかっていうものばっかりなんですよ
結局は、ほとんどの人が自分の能力をわかってない
わかってなきゃダメですよね

でもね、努力しないで成功はないですよ
だけど努力したから成功するかって、それもないですよ
ベーシックな才能は絶対に必要
才能のないヤツがいくら努力してもダメです」
(内館牧子「夢を叶える夢を見た」)

■参考文献、関連書籍
安藤寿康「遺伝マインド」
安藤寿康「遺伝子の不都合な真実」
デイヴィッド・シェンク「天才を考察する 生まれか育ちか論の嘘と本当」
リチャード・E.ニスベット「頭のでき 決めるのは遺伝か、環境か」
by fumiblog | 2013-02-12 19:00 | 空想哲学 | Comments(19)
人が自由を求めない理由
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ミャンマー ヤンゴン インヤー湖 (2013/1/1)

貴方は社会の規則や常識などと云うものに、殆ど縛られないタイプです。
考え方が非常に革新的と云うか、無責任と云うか、とにかく反体制派で有る事だけは間違い有りません。
考え方や行動は、徹底した合理主義者で、どんな事態に直面しても、それらを割り切った考え方で、躊躇する事無く、処理出来るタイプです。
完全なマイペース主義者で、自分の生きたい様に生きる事をモットーに、全てのしがらみを振り切って、自分の人生を少し離れた所から、鳥瞰している様な傾向の強いタイプで有ると云えます。
(エゴグラム診断結果)

( ´~`)ノハーイ
ふみっこの長年の疑問のひとつに
「人はなぜ与えられた役割の中で
不自由な人生を受け入れてしまうのだろう?」
というのがあります
(o゜~゜)oホエ?
自由に対する憧れがあったとしても
実際に自由人を目指す人って圧倒的少数派なんですよね
(゜~゜)
そもそも「これが自由人だ!」という明確なモデルすら
社会にはいない気がします
(゜~゜)
自由に生きることが比較的容易と思われる
抜群に頭のいいエリート層であっても
官僚になったり医者になったりして
社会の中の役割を担うことになるわけで(=社会人になる)
起業や投資で自由人を目指す人なんて
0.1%もいないわけです
(゜~゜)
ところでふみっこは国内でも海外でも
タクシーやバスに乗ると
なんか申し訳ないような気持ちになるんですよね
(o゜~゜)oホエ?
それはこの人たちは毎日毎日延々と
車を運転し続けるわけで
そういう人生って一体何なのだろう?
と考えてしまうのです
(゜~゜)
もちろん本人が好きでやっていることなら
素晴らしいことではあるのですが
(゜~゜)
それと同様に
観光地でお土産屋をやっている人は
毎日毎日延々と
観光客相手にお土産を売り続けるわけです
(゜~゜)
それが何年も何十年も続くのです
(゜~゜)
なんというかふみっこは
そういう変化のない固定的な人生って
耐えられないし恐ろしいんですよね
(゜~゜)
それはつまり
社会や役割のために
自分の人生を犠牲にしたくないということなのですが
(゜~゜)
しかし現実的には多くの人が
変化や刺激の少ない
固定的な仕事に従事しているわけです
(゜~゜)
だからこそ多くの人が
物語(映画・ドラマ・小説など)を日常的に楽しむ理由が見えてきます
(o゜~゜)oホエ?
日常が代わり映えしない退屈なものだからこそ
物語の中に冒険や変化を求めるのです
(*゜~゜)ノ
なのでふみっこの解釈では
物語好きな人ほど退屈な現実を過ごしていることになります
(゜~゜)
とにかくこの社会は
大多数の役割を持つ人たち(社会人)に支えられることで成り立っています
(゜~゜)
そして社会人は
役割を持つからこそ不自由を受け入れて生きていくことになります
(゜~゜)
社会ではそれが当たり前のことなので
ほとんどの人が気にもしていません
(゜~゜)
人はなぜ不自由な役割を甘受して生きるのか――
その起源は農耕社会に見出せます
(o゜~゜)oホエ?
農耕社会というのは自分または共同体共有の畑がなければ
生きていくことができませんでした
(゜~゜)
なので土地に縛り付けられる一生で
移住も不可能だったわけです
(゜~゜)
共同体の中で理不尽なことがあっても
土地を捨てて生きていくことはすなわち死を意味しました
(゜~゜)
なので個人的欲求や自由を求めるのはとんでもないことで
与えられた役割(生まれつきの運命)を受け入れて
集団の中で協調してつつましく生きるしかなかったのです
(゜~゜)
しかし現代日本人は
大人になったら仕事も住むところも比較的自由に選べるわけで
自分の行動力次第で無限の可能性が広がっているわけだけど
上の方で書いたように
自由人を目指す人は圧倒的少数派なのです
(゜~゜)
その理由を根本的な観点から考えると
人は食べていくことができて(生命維持)
子を残し育てることができれば(種の保存)
自由なんてそもそも求めていないからです
(o゜~゜)oホエ?
結婚して子どもができると
夫はますます仕事熱心になって
家族のために尽くすと言われています
(゜~゜)
女性も子どもを産むと
自分よりも子どもの方が大切になるわけです
(゜~゜)
それはつまり結婚や出産によって
「自分の人生を生きること」よりも
「家族や子どもを養うこと」が最優先になって
ますます会社人間、家族人間になって
自己犠牲の人生を邁進するということです
(*゜~゜)ノ
それがいいとか悪いというかいう話ではなくて
それは極めて本能的なことなんですよ
(o゜~゜)oホエ?
みつばちの話で書いたけれど
メスのミツバチは自分が子を産むわけでもないのに
エサを集めるワーカー(労働者)として一生を犠牲にします
(゜~゜)
これは典型的な集団社会のための自己犠牲であり
その自己犠牲と引き換えに得られるのは
女王バチに自分(ワーカー)の遺伝子と75%共有する子を産んでもらうという
遺伝子伝達=種の保存です(血縁選択説という)
(゜~゜)
つまり生命は本能のレベルで
種の保存を引き換えとした
自己犠牲の精神が備わっているのです
(゜ロ゜)ギョエ!!
すべての生命は遺伝子の乗り物に過ぎないので
遺伝子伝達さえできれば
自分の人生を生きることなんてどうでもいいのです
(゜ロ゜)ギョエ!!
つまり人が自由を求めないのは
本能がそもそも自由を求めていないからです
(´~`)アァー
自由を求めること
自分を探し続けることは
本能的欲求にそぐわない
理性的なことだったのです
(´~`)アァー
だからこそ理性が発達した自意識の強い人や哲学好きが往々にして
自分探しをしてしまうのですが
(≧~≦)ぶは

私の闘争は人間であること、人間をとりもどすというたたかいである
自由をかちとるという闘争なのである
人間を機械の部品にしている資本の論理に私はたたかいをいどむ

ああ人間はくだらない、卑小だ
大ていの人間は、人間の人間たるを知らずして
社会の中に埋没してただ生きているのだ
自由! 私は何よりも自由を愛す
(高野悦子「二十歳の原点」)

by fumiblog | 2013-02-05 23:04 | 空想哲学 | Comments(13)