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ドナウ公園の思い出
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ウィーン ドナウ公園 (2015/1/3)

過去にどんなにすばらしい経験をしていたとしても、
未来は、今日、あなたが何をするかにかかっている

人生を力強く歩むためには、目標意識が必要だ
どこに向かっているのかを知らなければ、正しい努力さえできないからだ
(石井希尚「明けない夜はない」)

( ´~`)ノハーイ
年末年始にウィーンに行った
と2つ前の記事で書いたけど
ウィーンは学生時代のバックパック旅行で行ったことがあるので2回目でした
(o゜~゜)o
ふみっこにとってウィーンは
特別な思い入れのある街なのですよ
(o゜~゜)oホエ?
それは3ヶ月間の長期旅行で
エジプト(1週間)
イスラエル(1週間)
ギリシャ(2週間)
イタリア(2週間)
という最高に充実した1ヶ月半の旅程を経て
オーストリアの首都ウィーンに到着したのです
(゜ロ゜)
ふみっこの長期旅行はその後
東欧を周ってトルコまで行って
イスタンブール発のフライトで帰国するというものでした
(゜~゜)
ウィーンはガイドブックなしで訪れたので
どういう都市で見所が何なのかもまったくの無知でした
(゜~゜)
特に興味もなかったのでウィーンは1泊だけにして
すぐにハンガリーのブダペストに移動するつもりでした
(゜~゜)
イタリア・ミラノ発の夜行列車で
ウィーンの大きな駅に朝着きました
(゜~゜)
1泊はするので
観光案内所に行って
無料の地図をもらってユースホステルの場所を聞きました
(o゜~゜)o
イタリアのボロ汚いユースホステルと比べて
新しくて清潔で快適でした
(゜ロ゜)
ドミトリー(複数ベッドの相部屋)で当時1泊1500円ぐらいでした
ちなみに現在の価格を調べたら18EUR(2400円)でした
これは西欧としては安い方です
(゜~゜)
荷物を宿に置いて街歩きを始めると
すぐに街並みの美しさに圧倒されました
(゜ロ゜)ギョエ!!
ふみっこはそれまでの旅程で
イタリアやギリシャをじっくり観光したので
ヨーロッパの街並みがどういうものか
ある程度わかっていたはずなのに
ウィーンの街並みの美しさというのは
イタリアと比べても別世界で
上品な高貴さに満ち溢れているのです
(*゜ロ゜)
それと同時に人が少なくて静かなのですよ
(*゜ロ゜)
そのような人の少なさ静けさが
整然とした高貴な雰囲気を漂わせているのです
(*゜ロ゜)
こんなに美しい街がこの世にあったのかしら?
と衝撃を受けながら街を練り歩きました
(*゜ロ゜)
とにかく街を歩いているだけで驚きと感動の連続で
特に目的もなく街中を歩き回っているだけでも
まったく飽きませんでした
(*゜ロ゜)
当初は1泊だけのつもりだったけど
毎朝延泊を申し出て
結局ウィーンには1週間滞在しました
(*゜ロ゜)
街の中心部にある市庁舎前広場では
屋外に巨大スクリーンと椅子が設置されていて
毎晩無料でコンサート映像を見ることができたので(夏季限定)
ウィーン滞在中は毎晩のように見に行きました
(*゜ロ゜)
ウィーンには美術史美術館や
シェーンブルン宮殿といった有名な見所があって
同じ宿に泊まっていた旅行者から
そういった見所があるというのは聞いたのだけど
特に興味が沸かなかったので行きませんでした
(゜Д゜)ハァ?
今考えると不思議だけど
ウィーンに一週間もいて
入場料を払うような観光名所は何も訪れてないのだけど
ただ街を歩いたりお店を見て周っているだけで
ふみっこはずっと興奮と感動の連続だったわけです
(*゜ロ゜)
ウィーン滞在中に
地図の端に載っていた
ドナウ公園(Donaupark)というところに地下鉄に乗って行ってみました
(*゜ロ゜)
ドナウ公園はドナウ川沿いにある広大な公園で
人がほとんどいませんでした
(*゜ロ゜)
こんなに静かで美しい公園が世の中にあるのか!
とふみっこはひどく感動して
その公園で半日ぐらいぼーっとして過ごしました
(*゜ロ゜)
ウィーンの美しい公園で過ごす何もしない休日
それは今までの人生で味わったことがない
贅沢で優雅なひとときでした
(*゜ロ゜)
1泊1500円のユース泊まりで
お金はほとんど使ってないのに
ふみっこのウィーン滞在は
人生最良のひとときだったのです
(*゜ロ゜)
公園でのんびりしている時
この旅行に来て本当に良かった
この旅行を契機として
自分も大きく変わったし
人生もこれから大きく変わっていくだろう
と深く実感し
これからの人生は
自分のために生きたい
と思ったのです
(*゜ロ゜)ホエ?
ふみっこが「普通の日本人」であれば
こんな自由旅行をすることはなかったでしょう
(*゜ロ゜)
しかしふみっこは
「一人で自由に海外旅行をしたい」「いろいろな国に行ってみたい」
という情熱や欲求があったからこそ
いまウィーンという素晴らしい地にいるのですよ
(*゜ロ゜)
人や世間の言うことに従って受動的に生きていたら
こんな自由な旅行や生き方はできないでしょう
(*゜ロ゜)
だからこそ
自分の情熱や欲求に従って生きること
すなわち社会や人々のためではなく
「自分のために生きること」が
大事だと思えたわけです
(*゜ロ゜)
そんなわけで学生時代に訪れた都市では
とりわけウィーンが良くて
海外で一番良かった都市を聞かれたら
ウィーンと答えていました
(*゜ロ゜)
そうして2014年という最悪の一年を経験して
人生に行き詰ったふみっこは
学生時代以来十数年ぶりに
自分探しのために
ウィーンを訪れたわけです
(´~`)アハハ
そうしたら
以前とは逆の意味で衝撃を受けました
(o゜~゜)oホエ?
それはウィーンの中心地は人が異様に多くなっていて
人混みでなんだかごちゃごちゃしていたのです
(゜~゜)
その大半がユーロ圏からの観光客のようでした
ウィーンはいつの間にか人気観光都市になっていたのです
(゜~゜)
旅行者の多さもあって
ウィーンらしさがあまり感じられないというか
雑多で観光地化した印象を受けました
(゜~゜)
街並みも以前感じた静けさ、高貴さがあまり感じられず
まるで別の街に来たようで
たしかに美しくはあるのだけれど
ヨーロッパにありふれた街並という印象を持ちました
(゜~゜)
ウィーンはもともとこんな感じだったのかもしれないし
ふみっこの思い出が極度に美化されていたのかもしれません
(゜~゜)
しかしこれなら北欧のオスロやストックホルムの方が
ずっと美しくて静かで高貴だと思ったのです
(゜~゜)
思い出のドナウ公園にも行ってみたのだけど
えぇーこんなところだったの!?まじっこ!?という衝撃がありました
(゜ロ゜)ギョエ!!
冬ということもあるだろうけれど
人がほとんどいなくて
こんなにうらさびれた寂しい公園があるのか・・
という感じの寂しい雰囲気を漂わせていたのです
( ゜д゜)ポカーン
ふみっこの思い出は極度に美化されていたのでしょうか
( ゜д゜)
目の前に広がる光景は
たしかに十数年前に訪れた場所と同じはずでした
( ゜д゜)
この地でふみっこは深く感動したはずなのに
そこはすでに一時代が過ぎ去って
人々から忘れ去られたような
うらさびれた空虚な公園に見えました
( ゜д゜)
しかしそれはある意味で
ふみっこの心境を反映したような光景だったのです
( ゜д゜)
完全に終わった・・・と思いました
( ゜д゜)
「自分のための人生を生きる」
当時のふみっこはこの地で主体性に目覚めて
夢と希望と可能性が広がっていたのに
十数年の時を経て
ふみっこは同じ地で
「もうやりたいことがなくなってしまった・・・」
という失望感につつまれたのです
( ゜д゜)ポカーン

人間の生命というのは不思議なもので、自分のためだけに生きて、自分のためだけに死ぬというほど人間は強くないんです
というのは人間は何か理想なり、何かのためということを考えているので、生きるのも自分のためだけに生きることには飽きてしまう
(三島由紀夫)


by fumiblog | 2015-01-24 23:52 | 旅行 | Comments(12)
利己心から社会貢献へ
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ウィーン シェーンブルン宮殿 (2015/1/2)

ぼくが自由になった年のことです
非常に辛い数ヶ月を送りました
なにをしたらいいのかわからず
人びとが集まっているのに出会うと、そっと中に入り込みました
あるときなど、知らない人の葬式について行ったことがあります
ある日、絶望のあまり集めた切手を火中に投じました・・・
しかしぼくは進むべき道を見出したのです
(サルトル「嘔吐」)

( ´~`)ノハーイ
普段ネットをしていて
(゜ロ゜)ギョエ!!
という衝撃を受けることはあまりないですが
先日大変な衝撃を受けたので
今回はそのことについて書かせてもらいます
(゜~゜)ゴクリ
ふみっこは株の専業トレーダーなので
情報収集の意味で
有名な専業トレーダーのブログやtwitterを
50個ぐらいfeedlyにRSS登録して巡回しています
(゜~゜)
twitterもtwilogを経由することで
ブログのようにRSSで登録できます
(゜~゜)
そんなにちゃんとは見てないけど
一応いろんな人のブログを登録しているわけです
(゜~゜)
その大半がふみっこよりもずっと上手い人で
億トレーダーもたくさんいます
(゜~゜)
当然のことながら
下手な人のブログを見るよりも
上手い人のブログを見た方が参考になったり刺激を受けるでしょう
(゜~゜)
しかしながら
「自分よりもずっと上手い人、儲かっている人」のブログというのは
見ていて複雑な気持ちにもなるんですよ
(o゜~゜)oホエ?
なぜなら彼らと自分を比較することで
自分の実力のなさというものを嫌でも思い知るし
羨望や嫉妬の感情が渦巻くわけです
(つ~`)ぐすん
つまり「(相当に)儲かっているトレーダー」というのは
「いいなー自分もそのぐらい儲けたいなー」という「憧れ」の対象にはなりえても
「(社会的に)素晴らしい人だなー尊敬できるなー」という「尊敬」の対象にはまずならないんですよ
(o゜~゜)oホエ?
それは専業トレーダーというのは
社会貢献的な職業ではないからです
(゜~゜)
高収入ゆえの多額の税金を支払っていたとしても
それが社会貢献だとはほとんどみなされません
(゜~゜)
それは世間的に偏見があるから
というわけではなく
ふみっこ自身も社会貢献的な仕事ではないと思っています
(´~`)アハハ
それでもBNFを始めとして
株で儲かっている人が
雑誌やテレビの取材に応えたり
ブログなどで情報発信したりするのは
社会的人間としての
「承認欲求」や「自己顕示欲」があるからです
(o゜~゜)oホエ?
株の売買は自分の中だけで完結するので
ブログなどを通じて自ら情報発信しない限りは
誰も自分の売買のことを関知しないし
人や社会に影響を与えることも感謝されることもないのです
(経営に影響を与えるほど株を大量保有すれば別)
(゜~゜)
つまり「他者の反応」とか「社会貢献」という意味での見返りを
一切得られない仕事なので
とても自己完結的なのです
(゜~゜)
専業トレーダーが自己完結的な仕事であることに対して
ふみっこは問題意識や葛藤を持ってはいませんでした
(o゜~゜)oホエ?
そもそも社会貢献したいとか
人に影響を与えたい感謝されたいというのならば
専業トレーダーなんかを志すべきではなくて
直接社会と関わる仕事をすべきだからです
(゜~゜)
相場というのは自己完結的であるがゆえに
「自分が儲かればいい」「自分が生き残ればいい」
という利己的な人ほど向いているのであって
お人好しの人は向いてないわけです
(゜~゜)
生き馬の目を抜く食うか食われるかの戦場で
生き残って勝ち続けるためには
「自分が儲かる」ための利己的な行動をし続けなければならないのです
(゜~゜)ノぁぃ
前置きが長くなりましたが
ここからが本題です
(o゜~゜)oホエ?
ふみっこが衝撃を受けたのは
以下の2つの動画です
(゜ロ゜)
どちらもネットで無料で見れます
時間のない人は上の方だけ見てください
(゜ロ゜)
(゜ロ゜)
結論から言えば
本来は自己完結的で利己的で私利私欲にまみれた相場の世界において
五月さんは日本のネット世代の個人投資家で(たぶん)初めて
「人から尊敬されうる」こと
すなわち「社会貢献」を始めたのですよ
((;゜ロ゜)oプルプル
数百億円という圧倒的規模で儲けている
BNFcisといった人たちも目指さなかった新しい道を
五月さんは開拓者として歩み始めたのですよ
((;゜ロ゜)oプルプル
元ニートのネットゲーマーだった人でも
こんな生き方ができるのか!と
ふみっこは衝撃を受けました
((;゜ロ゜)oプルプル
五月さんの生き方が
あまりにもまぶしくて
かっこよくて
素敵だと思えたのです
((;゜ロ゜)oプルプル
そうして思ったのは
「利己的に自分の私利私欲を満たすこと」よりも
「社会貢献」というのは
より高いレベルに存在するんですよ
((;゜ロ゜)oプルプル
だからこそ「羨望」や「嫉妬」ではなく
より高次の「尊敬」という敬意を持たれうるのです
((;゜ロ゜)oプルプル
経営学のドラッカーや
松下電器の松下幸之助
京セラの稲盛和夫など
歴史に名を残す優れた経営者は
ほぼ例外なく
高い志を持っていて
自社のため私利私欲のためではなく
社会貢献を第一義の目的としたからこそ
周囲の人々の心を動かし
多くの協力者を得て
幾多の困難を乗り越えて
大きなことを成し得たのですよ
((;゜ロ゜)oプルプル
大袈裟に言うならば
五月さんもまた
今までの個人投資家が持ちえなかった
「高い志」があったからこそ
ネット世代のトレーダー出身者が誰もやっていなかった
「社会貢献」という新境地を開拓して
「(羨望や嫉妬ではなく)尊敬されうる個人投資家像」を初めて提示できたのです
((;゜ロ゜)oプルプル
ところでふみっこが思うに
社会貢献が素晴らしいのは
単に社会や人々に貢献して役立つから、だけではありません
((;゜ロ゜)oホエ?
そこには「自分のため」「私利私欲のため」では決して到達しえない
より高次で濃密な「生きる意味」が広がっているからです
(o´~`)ノふわーい

人間の生命というのは不思議なもので、自分のためだけに生きて、自分のためだけに死ぬというほど人間は強くないんです
というのは人間は何か理想なり、何かのためということを考えているので、生きるのも自分のためだけに生きることには飽きてしまう
(三島由紀夫)

by fumiblog | 2015-01-19 00:08 | ふみっこ哲学 | Comments(12)
やりたいことがなくなる
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ウィーン ドナウ川 (2015/1/3)

私は自分自身にもはや自信がない
そして絵は夢のように思われる
(フィンセント・ファン・ゴッホ)

( ´~`)ノハーイ
ブログを書かないまま放置していました
(o´~`)
昨年は仕事も私生活も近年稀にみるひどい一年になって
ブログを書く気力も沸きませんでした
(o´~`)
しかしそれも
運が悪かったとか
誰が悪かったとかではなく
自分が悪いのであり
自分の能力のなさ
自分の判断力のなさ
自分の努力不足
などに起因するのです
(o´~`)
そうれあれば
「なるべくしてなった」ということであって
ふみっこはこの現実を受け入れなければならないのです
(o´~`)
人生は時として
耐えがたい厳しい現実に直面します
(o´~`)
そういう苦しい状況になった時に
その人の真価が問われるのは
敗北に屈して諦めたり投げ出したりしてしまうか
挫折から這い上がって立ち向かっていくか
なのです
(o´~`)
しかし人間は
常に自分のせいにして生きられるほど
強くはありません
(o´~`)
なので多くの人は
人のせい
社会のせい
政治のせい
親のせい
ヘッジファンドのせい
アルゴリズム取引のせい
にします
(´~`)アハハ
しかし問題は自分の中にあるのです
(o´~`)
それでも能力には個人差があり
進学、就職、恋愛、相場wなど
人生は様々な点で
勝者と敗者が生まれます
(o´~`)
それらは努力である程度解決できるとしても
そもそも上手く努力ができない人もいるし
気力やエネルギーの個人差も大きいです
(o´~`)
そのように考えていくと
個々人が生まれながらに持ったもの
すなわち「遺伝子のせい」
によるところが大きい
というかそれがすべてだとも言えるのです
(゜Д゜)ハァ?
ふみっこもまた
生まれ持った能力には
どうしようもなく抗うことができずに
自分にできることは限られている
努力したとしても乗り越えられないことがある
と実感するのです
(o´~`)
それでも自分という人間をやめることはできないので
与えられた自分の世界を生きていくしかないのです
(o´~`)
そうして生まれつき自分に与えられた能力の中で
少しでも社会に貢献できる人間になろう
とか
人の役に立つことできる人間になろう
とか
大切な人のために、家族のために生きよう
などと思えたら素敵だけれど
そのようなポジティブ思考ができるかどうかもまた
生まれつきの遺伝子によるはずです
(o´~`)
そうして考えていくと
どうしようもなく
生まれつきの遺伝子――運命――には抗えないことになるのです
(o´~`)ガビーン
ところでそういったことよりも
もっとひどいことがあり
それはふみっこは
「やりたいことがなくなってきた」
のです
(o´~`)ホエ?
数年前はなぜあんなに熱心にブログを書いていたのだろう
と自分でも不思議になるぐらい
ふみっこはやる気がなくなってしまったのです
(o´~`)
最近は本もほとんど読まなくなってしまって
じゃあ何をしているかというと
仕事以外の時間は
何もせずぼーっと過ごす時間が増えています
(o´~`)ポケー
ところでふみっこは年末年始は5年連続で海外旅行をしていて
今年も年末は未訪問国ラオスかバングラデシュに行こうと思い
とりあえずバンコク往復フライトを半年以上前に予約していました
(バンコクからラオスかバングラデシュに飛ぶ)
(o´~`)
しかしラオスやバングラデシュに行きたいかというと
特に行きたくはないんですよ
(o´~`)
それらの周辺国
タイ、ミャンマー、ベトナム、カンボジア、インドなどには行ったので
街並みや雰囲気がどんな感じかもうだいたい想像できるのです
(o´~`)
もう東南アジアもうんざりしてきて
面倒になってきて
行きたくないと思ったので
12月になってからフライトをキャンセルしました
(o´~`)
海外旅行に行くだけの
お金や時間はあるのに
情熱がなくなってしまったということです
(o´~`)
つまりふみっこにとって
本を読むことも
ブログを書くことも
海外旅行に行くことも
もう特にやりたいことではなくなってしまったのです
(o´~`)ガビーン
人生はやりたいことのためにある
という記事を以前書きました
そうであればやりたいことがなくなった今
ふみっこは一体何のために生きているのでしょうね
(o´~`)
そうしてこのまま年末年始を日本で一人で過ごしていると
完全に敗残者みたいな気分になって
死にたくなってくるのではないか・・・と思えてきて
12月28日になってskyscannerで検索をしまくって
その日のうちに急遽フライトを予約して
慌ただしく準備をして
12月31日出発で日本から逃げ出すように
海外に行くことにしました
(゜ロ゜)ギョエ!!
旅行先はヨーロッパのウィーンです
(*^~^*)ノハーイ
今回はウィーンとブラチスラバ(ウィーンから電車で1時間)だけの
非常に楽な短期旅行だったのだけど
海外に行って外を歩き回っていると不思議と
主体性が回復してくるというか
自分が強い人間に
行動力のある人間に思えてきて
自信が回復してきて
何でもできるような気がしてきて
人生は自由で
無限の可能性が開けてくるように感じるんですよね
(*゜ロ゜)ノいけー
しかし帰国して数日経って
もう元に戻りました
(o´~`)アァー

人間の生命というのは不思議なもので、自分のためだけに生きて、自分のためだけに死ぬというほど人間は強くないんです

というのは人間は何か理想なり、何かのためということを考えているので、生きるのも自分のためだけに生きることには飽きてしまう
死ぬのにも何かのためということがでてくる

それが昔言われていた大義というものです
大義のために死ぬというのが人間にとって華々しい、あるいは英雄的な、あるいは立派な死に方だと考えられていた

しかし、いまは大義がない
これは民主主義の政治形態が、大義なんていらない政治形態ですから、当然なのですが、

それでも心のなかに自分を超える価値が認められなければ、生きてることすら無意味になるというような心理状態がないわけではない
(三島由紀夫)

by fumiblog | 2015-01-11 01:50 | ふみっこ哲学 | Comments(9)