ギャンブルで損する理由
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ネパール カトマンズ ボダナート (2012/12/28)

日本の競馬の期待リターンは何%かわかりますか?
なんとマイナス25%です
1万円賭けると、平均的には7500円しか返ってこない計算です

このマイナス25%のすごさを別の角度から見てみましょう

100人の競馬愛好家が各自100万円の所持金を持って、朝早くウインズにやって来たとしましょう
このひとたちは毎回、すべての所持金を賭けるとします

さあ、第1レースです
100人の競馬愛好家が所持金を全額賭けるので、合計1億円の金額がこのレースに賭けられたことになります
運よく何人かのひとが的中させ、それ以外のひとがスッテンテンになります

JRAは75%を配当するので、第1レースが終わった後にすべてのひとの所持金を合計すると7500万円になっているはずです

第2レースです
JRAは75%を配当するので、第2レース終了後のすでに退場したひとも含めた100人全員の所持金を合計すると7500×0.75=5625万円になっているはずです

以上を第12レースまで繰り返すと、この100人の競馬愛好家の所持金の合計はいくらになっているのでしょうか?

おそらくこのころには数人も生き残っていないでしょう
そして、この幸運な数人の所持金を合計するといくらになるのでしょうか?

答えは、なんとたったの317万円です
1億円もあった元本の97%をたった1日でJRAに奪取されてしまったのです!

資本主義の国家では頭が悪いということは大変重い罪で、その罪を償うためにこのようなさまざまな「税金」を払う必要があります
ギャンブルは「国家が愚か者に課した税金」といわれる所以です

藤沢数希「なぜ投資のプロはサルに負けるのか?」

( ´~`)ノハーイ
今回はギャンブルについて書きたいと思います
(o゜~゜)oホエ?
ふみっこって株をやっているくせに
昔からギャンブル嫌いなんですよね
(o゜~゜)oホエ?
なのでもともと株もまったく興味関心がなくて
試しにやってみたという程度の動機に過ぎません
(゜~゜)
パチンコや競馬は試しにやってみたという経験すら一度もなくて
(ギャンブル嫌いなのでそういう空間の雰囲気が好きではない)
海外旅行でカジノ(ラスベガス、マカオ)に行った時も見物だけで自分では一度もゲームをしませんでした
(゜~゜)
ふみっこは自分のポリシーとして
自分が非合理的だと思うことに時間やお金を使わないというのがあるのです(テレビやゲームも同様)
(゜~゜)
そもそもパチンコ店も競馬場もカジノも
それを経営するだけで不動産賃料・人件費・設備投資・広告など
莫大な費用がかかるわけです
(o゜~゜)o
その費用をどうやって賄うのか?というと
当たり前だけど参加者が投じたマネーが店側の利益になってそこから支払われるわけです
(゜~゜)
ギャンブルで運よく勝つ(時には勝ち続ける)ことがあっても
長期的に儲かる確率はゼロではないにしても統計上極めて低いわけです(ギャンブルの種類にもよるけど)
(゜~゜)
特にひどいのが競馬です
(o゜~゜)oホエ?

期待値75%の公営ギャンブル(※競馬や競輪など)はみじめなものである
たった100回の試行でトータル収支がプラスの者は1%未満となる
谷岡一郎「ツキの法則」

とあるように、たまたま運よく勝ち続けることがあっても、
期待値75%(平均すると投じた金額の75%しか戻ってこない)という強力なマイナス圧力によって
馬券購入を100回も繰り返せば統計上、収支がプラスの人は1%もいなくなるというのです
(゜ロ゜)ギョエ!!
これって驚きですよね
((;゜ロ゜)オロオロ
こんなデータを見せられたら
「こんなのほとんど詐欺で馬券買う人はJRAに搾取されまくりじゃん」ってことがわかるのだけど
それでも馬券を買う人がたくさんいるからこそ競馬産業は成り立っているわけです
((;゜ロ゜)
それでも休日の暇つぶしとか一瞬のスリルを味わうためとかの
「娯楽」を楽しむための費用と考えれば多少損してもかまわないのかもしれないけれど
少なくとも競馬だけで食べていくことは極めて難しいことがわかります
(゜~゜)
そういう人がいるとしたら競馬評論家とか予想屋のような
「評論」や「予想」といった商品を売って稼いでいる人たちにほぼ限られるわけです
(゜~゜)
そして期待値というのはギャンブルの種類ごとに異なっていて
競馬は75%だけど
宝くじやtotoは45~50%
パチンコは80~97%程度とされています
(o゜~゜)oホエ?
宝くじは詐欺的な競馬よりもさらに搾取されてしまうという
より悪質なギャンブルと言えるのだけど
宝くじやBIGを買う人は競馬よりもたぶんずっと多いですよね
(o゜~゜)oホエ?
期待値で考えると宝くじは参加者側に圧倒的不利なギャンブルなのだけど
宝くじ人口が比較的多い理由は
数百円~数千円の掛け金でも億万長者になれるかもしれないという
「夢」を買えるところにあるわけです
(*゜ロ゜)ノ
なので宝くじを買う人は「もし自分が当選したらあれにいくら使ってこれにいくら使って・・・」みたいなことしか考えてないのだけど
運営側の立場になって考えると恐ろしいことがわかります
(o゜~゜)oホエ?
宝くじは期待値が50%なので
売上の半分がそのまま運営側の利益になります
(*゜~゜)o
売上が1000億円だとしたら
500億円が当選者に分配されて
残りの500億円が利益になります
(実際は販売経費が1割ぐらいかかるので400億円の純利益)
運営側は宝くじを刷って販売するだけで
ノーリスクで絶対に儲かるのです
(*゜ロ゜)ギョエ!!
こんなにボロい商売がありえると思いますか?
(*゜ロ゜)
こんな簡単確実に儲かるなら
自分が胴元側になって宝くじを販売するビジネスを始めればいいと思いませんか?
(*゜ロ゜)
しかし宝くじビジネスはノーリスクで確実に儲かるからこそ
それを行うことは厳しく禁止されています
(つ~`)ぐすん
なので宝くじビジネスは政府系団体が独占して運営しているのです
(゜~゜)
じゃあその500億円の濡れ手に粟の利益はなぜ発生したのか?と考えると
それは「期待値というものを合理的に考えずについ夢を買ってしまう大衆の非合理性」からなのです
(´ロ`)
もし大衆が合理的に期待値を考えたら
期待値50%の宝くじは買う意味がないので
誰も宝くじを買わなくなって
宝くじ産業は消えてなくなるわけです
(゜~゜)
つまるところ胴元がいるギャンブルというのは
合理的に期待値を考えると参加するメリットがありません
(゜~゜)
搾取されまくりで(長期的には)ほぼ確実に損するというひどい世界です
(ノд-。)クスン
それでも世の中には非合理的な人たちが一定数いて
だからこそギャンブルというものが成り立ち
悲喜こもごものドラマが繰り広げられるけど
結局のところは
運営側が儲かり続けて
参加者側は損し続けることになるのです
(´~`)アァー

カジノの経営者は期待値を知り尽くしている
偶然が支配するゲームでは、わずか数パーセントでもカジノ側に正の期待値があれば、多数のプレイヤーが何日もプレーするうちにカジノ側に巨額の金が転がり込む

カジノの経営者は、一時的な損失を出すことを恐れない
カジノ側の損失は、客のギャンブル熱をあおるからだ
経営者にとって損失は、ビジネス上の経費にすぎない
彼らは、長い目で見れば自分たちが得することを知っている

優位性のある取引ができるかどうかで、プロとアマチュアは分かれる
優位性を無視する者は、優位性を重視する連中の餌食にされる

(カーティス・フェイス「タートル流投資の魔術」)

# by fumiblog | 2013-01-17 19:55 | 相場 | Comments(15)
思考から行動へ
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ネパール カトマンズ アサン・チョーク (2012/12/29)

究極的には、失敗は3つしかないと思うのです。
「1:行動を起こせなかった」
「2:行動を起こしたが、失敗して途中で止めてしまった」
「3:行動を起こして、失敗して、それでも行動を起こしつづけられたが、考えていなかった」の3つ…。

大切なので、もう一度いいますが、究極的に成功とは、
「行動し続けて、考え続けて、失敗しても、行動し続けて、考え続けて、止めないこと」なのです、That’s All.
(飯沼一洋)

( ´~`)ノハーイ
今年ももうすぐ終わりですね
(゜~゜)
ふみっこは4年連続で
年末年始を海外一人旅をして過ごします
今はネパールにいるのだけど
旅行の話は後日書きます
(o゜ロ゜)o
ところでこの数ヶ月思っていたことを
1年の終わりに書いておこうと思います
(o゜〜゜)oホエ?
それは人生とは単純で
考えることよりも
行動することの方が重要で
それがすべてなんですよね
(o゜~゜)oホエ?
頭で考えるだけならすべてのことができるし
口で語るだけならどんな夢でも描けます
(゜~゜)
それでも行動しなければ
物事は何も進んでいきません
(゜~゜)
なので行動するしかないのだけれど
しかし行動したからといって
それで単純に上手くいくわけでもありません
(o゜~゜)oホエ?
人生とは必ず
失敗や挫折を伴います
(つ~`)ぐすん
成功者の自伝などを読むと
必ず大きな失敗や挫折を経験しているんですよね
(゜~゜)
しかしそこで諦めたり立ち止まってしまったら
物事はそこで停滞してしまいます
(゜~゜)
なので行動した結果失敗して
傷ついてボロボロになって絶望しても
それでも挫けずに
行動し続けなければなりません
(つ〜`)ノぁぃ
しかしそれは精神的にとても厳しいです
(o゜〜゜)oホエ?
失敗すると自信を失くすので
成功のイメージを描けなかったり
考え方がネガティブになってしまうからです
(´ロ`)
なので単純に言えば
人生で勝ち続けた人は自信があって
考え方がポジティブだけど
負け続けた人は自信がなくて
考え方がネガティブなわけです
(゜〜゜)
しかしネガティブになって
うだうだ考えたり悩んだり悲観的になっていても
ほとんどの場合何も進展しません
(´ロ`)
なのでとにかく行動するしかなく
「行動する→失敗する→(何が悪かったか考えて改善しつつ)再び行動する」
を繰り返すしかないんですね
(o゜~゜)o
このように考えると単純なのだけど
でも人間って失敗したら傷つくので
失敗したくないから(傷つきたくないから)挑戦しない
となるわけです
(´〜`)
しかしそのような行動力のない人や臆病な人は
世の中で圧倒的に不利なんですよね
(o゜~゜)oホエ?
なぜなら何事も行動しなければ成果を得られないので
行動力のある人が多くのものを得て
そうでない人は得るものが少なくなるからです
(゜~゜)
そうして思い切って行動した結果
失敗したとしても
それは悪いことではありません
(o゜〜゜)oホエ?
失敗というのは「行動した結果」として得られたものなので
ひとつの尊い成果でもあるわけです
(*゜~゜)ノキラキラ
失敗した自分は行動しない自分よりも
一歩先を進んだのです
(*゜~゜)ノ
そんなわけで得たいものがあったり
夢や目標があれば
行動を起こすしかなく
その結果失敗したとしても
それでも諦めずに行動を起こし続けるしかなく
その繰り返しを経ることが
成功への道のりなんですね
(o´〜`)ノハーイ

今、現状を心配するあまりに悩んでしまい、その結果、動くことができなくなり、さらに深く悩み込んでしまう子どもたちが増えています
でも、悩んでも、何も解決しないのです
とにかく動くこと
そして成功したら、「やったね」と喜ぶこと
失敗して叱られたら「ごめんね」と謝って、また挑戦すればいい
それだけのことなのです
(水谷修「あおぞらの星 夜回り先生と考える」)

# by fumiblog | 2012-12-31 03:15 | ふみっこ哲学 | Comments(8)
命は時間でできている
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パリ エッフェル塔に沈む夕陽 (2009/9/21)

私は孫たちが、人生の時間が短く、
あらゆる日も、あらゆる時間も貴重であることを理解するよう望む
(ローズ・F・ケネディ「わが子ケネディ」)

( ´~`)ノハーイ
ふみっこは10月から新しいことを始めたのだけど
そっちに時間とエネルギーを取られて
しばらくブログを書けていませんでした
(゜~゜)
最近のふみっこは
時間というものの貴重さを
ますます実感しつつあります
(o゜~゜)oホエ?
やりたいことがたくさんあっても
時間という資源は限られているので
自分ができることは必然的に限られてきます
(゜~゜)
なので人生で一番大切なものは何か?というと
それは時間なんですよね
(o゜~゜)oホエ?
なぜなら時間というのは
命そのものだからです
(゜Д゜)ハァ?
お金がいくらあっても
若返ることはできないし
1日24時間+αの時間を買うこともできません
(゜~゜)
60歳の大富豪と
20歳の貧しい若者
これからどちらかの人生を歩まなければならないとしたら
(20歳スタートor60歳スタート)
貧しくてもみんな20歳の方を選ぶはずです
(゜~゜)
なぜなら若さというのはそれだけで
とてつもなく価値があるからで
人生で一番大切な資源である時間を
中高年よりもずっと多く持っているからです
(゜~゜)
だからといって遊び廻っていると
今度は収入を得ることができなくなります
(゜~゜)
24時間を自分の好きなように使えても
お金がなければ生きていけないのが現代社会です
(゜~゜)
なので人は社会に出たら
賃金を対価として働くことになります(賃労働)
(゜ロ゜;Aアセアセ
よって社会人というのはある意味で
自分の命(時間)と引き換えに収入を得ているわけです
(゜~゜)
長時間労働や休日出勤で
1日のほとんどを仕事に費やしている人は
会社や仕事のために命を差し出しているんですね
(o´~`)o(命)
それでも仕事を通して自分が成長できたり
仕事が好きだったりすればいいけれど
そうではなかったら
ひたすら会社のために命(時間)を差し出すという
自己犠牲の人生を送ることになります
(つ~`)
つまりある人の時間の使い方は
そのままその人の生き方を表しています
(o゜~゜)oホエ?
会社のためとか家族のためとか
自分以外の何かのために生きる人は
その何かのために自分の命(時間)を費やして生きていきます
(゜~゜)
一方で自分のために時間を使って生きたい人は
会社人間や家庭人にはならずに
自分のための人生を生きます
(゜ロ゜)じぶんじぶん
特に何も考えずに時間の無駄使いをして生きている人は
命の無駄使いをしながら生きていきます
(´ロ`)
「やりたいことがない」とか「休日は暇を持て余す」といった人は
与えられた時間=命を有意義に使えてないわけで
人生が希薄なんですよね
(゜~゜)
有意義な人生を送るためには
自分の命である時間を
貴重なものであると認識して
有効活用しなければなりません
(o゜~゜)oホエ?
なのでお金をどのように使うか?よりも
時間をどのように使うか?
ということのほうがずっと重要なんですよね
(o゜ロ゜)o
しかしそう考えていくと
「やりたいことがない」
というのはやはり致命的です
(o゜~゜)oホエ?
人生=命=時間は
各人がやりたいことをするために与えられているはずなのに
やりたいことがなかったら
命を放棄しているに等しいからです
(´~`)ノポイ
そんなわけで
時間の使い方がその人の人生を決めるので
人生を変えるためには
時間の使い方を変えることが必要になります
(゜~゜)ノぁぃ
といっても日本人は基本的に働きすぎで
ふみっこだったら1日12時間超とかの労働は耐えられないけれど
それでも日々の長時間労働や長時間通勤に耐えている人が実際たくさんいるということは
日本人は自己犠牲タイプが多いという事実を表しています
(゜~゜)
そこまでして会社のために人生の大半を尽くして
それで得られる見返りとは一体何なのでしょうね
(゜~゜)
いずれにしろふみっこは
自分が大切なので
自分のための人生を生きてきました
(o゜~゜)oホエ?
その生き方やノウハウは
過去ログを見てください
(≧~≦)ぶは
そしてブログを始めてから2年ぐらい
このブログにそれなりの時間とエネルギーを費やしてきたので
過去ログにはふみっこの命のかけらが埋まっています
(更新しない言い訳)
(*゜~゜)ノハーイ

真の成功は時間持ちである
時間持ちとは時間をたくさん持っている人ではない
地球上すべての人間に与えられた時間は1日24時間と平等である
この事実は不変である
ところが、自分がやりたい時にやりたいことが好きなだけできる時間を所有している人はごく一部しかいない
誰からの支配も受けずにやりたい時にやりたいことができる人、それが真の成功者である
(千田琢哉「学校で教わらなかった20代の辞書」)

# by fumiblog | 2012-12-10 21:13 | ふみっこ哲学 | Comments(21)
意味を求めすぎる人生
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アイスランド アークレイリ (2012/4/29)

ぼくが自由になった年のことです
非常に辛い数ヶ月を送りました
なにをしたらいいのかわからず
人びとが集まっているのに出会うと、そっと中に入り込みました
あるときなど、知らない人の葬式について行ったことがあります
ある日、絶望のあまり集めた切手を火中に投じました・・・
しかしぼくは進むべき道を見出したのです
(サルトル「嘔吐」)

( ´~`)ノハーイ
哲学者サルトルの小説「嘔吐」に
独学者という人物が登場します
(o゜~゜)oホエ?
彼は自由を持て余して何をしていいかわからず
図書館の本を何年もかけてアルファベット順にひたすら読んで
その後コミュニスト(共産主義者)に目覚めます
(´~`)アハハ
それが上に引用した台詞なのだけど
ふみっこはこれに共感するものがあって
生きることに濃密な意味や目的が欲しいんですよね
(o゜~゜)oホエ?
そして共産主義のような社会体制を巡る活動にハマるのも
信仰に目覚めて宗教に入れ込むのも
会社組織にどっぷり浸かって会社人間になるのも
結局は似たようなものだと思うのです
(o゜~゜)oホエ?
そこに濃厚に漂っているのは
「自分は××のために生きるのだ」
という強烈な意味です
(*゜ロ゜)ノウォー
一方でふみっこは自称虚無主義者なので
「人生に意味はない」とか
「すべては思い込みに過ぎない」といった
虚無的な人生観を持っています
(´ロ`)
なので独学者が見出したコミュニストへの道も
ひとつの思い込み、生きる意味の捏造に過ぎないんですね
(つ~`)
一方でふみっこは
虚無主義者だからこそ
さまざまな物事の意味に敏感で
本質的な意味を求めています
(゜Д゜)ハァ?
近年のふみっこが理解できなくなったのは
映画鑑賞というポピュラーな趣味です
(o゜~゜)oホエ?
映画を見ることの意味は
「物語を楽しむ」ことだと思うのだけど
一時的に物語が楽しかったとしても
そこにどんな意味があるのだろう?
と思ってしまうようになりました
(゜~゜)
なぜならその映画がどんなに楽しかったとしても
自分を取り巻く現実世界は何も変わらないし
収入も増えないからで
このブログでもよく書いてるけど
現実逃避全般に意味を感じなくなってしまったわけです
(゜~゜)
ふみっこが考える現実逃避とは
・映画
・テレビ
・ゲーム
・スポーツ観戦
・音楽鑑賞
・ファン活動全般
などです
(o゜~゜)o
ちなみにスポーツ観戦が無意味でも
自分がスポーツや運動をするのは意味があって
なぜなら適度な運動は健康にいいからです
(o゜~゜)o
料理のような趣味も
一生使えるスキルアップになるので
意味があります
(o゜~゜)o
つまりあることに取り組むことで
自分に利益をもたらすか?
能力が向上するか?
ということが重要であり
他人の活躍に期待したり現実逃避するのは意味がないのです
(゜~゜)
そんな冷めた合理主義者ふみっこが
圧倒的に時間を費やしてきたのが
読書です
(o゜ロ゜)o□
しかし読書にもこだわりがあって
小説はまったく読みません
(o゜~゜)oホエ?
名作小説と言われるものを昔そこそこ読んだりしたけど
それがその後の人生に役立ったか?というと疑問なんですよね
(つ~`)
哲学の本は「理詰めで考える」とか「常識を疑って考える」といった点で
自分の力になったという実感があるのだけど
小説に関してはあまり意味がなかった気がします
(゜~゜)
最悪なのが推理小説やミステリーというジャンルで
そういうのを時間をかけて読む意味を考えると
あまりの意味のなさに苦しくなってきます
(o´~`)ウゥー
なぜならそれが人生や仕事に役立つか?
といえばNOだからです(探偵や刑事や小説家でもない限り)
(o´~`)ウゥー
名作小説と言われるものも
「この物語を通して伝えたいテーマ、メッセージは何か?」
ということがわかればいいので
長時間だらだら読ませるのではなく
数ページで簡潔にまとめて欲しい感じです
(´~`)
もっとも今は「まんがで読破」のような30分ぐらいで読めるマンガがあるので
過去の名作にふれるのはこれで十分だと思います
(´~`)
ちなみに読書のスタイルにも偏執的なものがあって
ふみっこは外出時は必ず本をバッグに入れて
外食時の5分ぐらいの待ち時間でも本を読むし
(店によっては食事しながら読む)
電車移動の際も必ず本を読みます(スマホはいじらない)
(o゜~゜)o□
重要なところは後から見返したいので
あらかじめ付箋紙をブロックのまま本の最初のページあたりに貼り付けます
(そうすることで本と付箋紙を別々に携帯する必要がなくなるので)
そして重要なところに付箋を貼りながら読みます
(o゜~゜)o□
海外旅行は移動時間が長いので本をたくさん読むチャンスでもあり
かさばらない文庫本や新書を多目に持って行って
フライト中や鉄道移動中にひたすら読みます
(個人モニターの映画は見ない)
(o゜~゜)o□
なのでふみっこは「自由な時間」がたくさんあっても
「暇だと感じる時間」がなくて
なぜならそういう暇があれば本を読むからで
「無意味な時間をすごす」ことができない人なのです
(´~`)アハハ
このような「物事に意味を求めすぎる」感覚は
少数派であることは間違いなく
ふみっこがちょっとおかしい人なのでしょう
(´ロ`)
しかしこれはふみっこ的には
生きていくためには必要なことなのです
(o゜~゜)oホエ?
なぜなら普段スキルアップにならない無為な時間を
多く過ごしている人が
仕事で突出した成果を出せるかというと
よほど才能がある人じゃないと無理ですよね
(゜~゜)
なのでふみっこみたいな凡人は無意味なことをしている余裕がなくて
自分にとって重要なことに
時間という資源をひたすら費やすしかないのです
(゜~゜)ノぁぃ
そんなふみっこが読む本は2種類しかなくて
「仕事に役立って収入が増える本」
「知りたいことが知れる本」
です
(o゜~゜)oホエ?
前者はふみっこの場合
株・経済・マネー・成功哲学・自己啓発などの本
(o゜ロ゜)o
後者はその時々で
知りたい分野の本を何でも読みます
(たとえばイスラム圏への旅行前にイスラム世界に関する本を読むというような)
(o゜ロ゜)o
前者に関しては
株トレードは知識量・情報量・経験量の差が勝負を決するので
知識や情報を貪欲に吸収し続けなければなりません
(o゜ロ゜)o
社会不適応者ふみっこが一人で稼げるようになったのは
本という味方があったからこそです
(o゜ロ゜)o□
なので本を読むことには強力なインセンティブ(報酬)があって
読めば読むほど収入が増えることになります(たぶん)
(*゜ロ゜)o□
なのでふみっこは実は
虚無主義者ではなく
「知識とお金(=自由)を求める信仰者」
であるとも言えます
(≧~≦)ぶは
それらを求めることが
ふみっこが見出した進むべき道なのです
( ´~`)ノハーイ

お金があればすべての問題が解決すると思っている人は、これから先、苦労するだろう
問題を解決し金を生むのは頭脳だ
ファイナンシャル・インテリジェンス(お金に関する知性)
の乏しい人が持っているお金はすぐになくなる
(ロバート・キヨサキ「金持ち父さん貧乏父さん」)

# by fumiblog | 2012-10-24 17:27 | ふみっこ哲学 | Comments(20)
お金が友達の人生
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アメリカ ウォール街 ニューヨーク証券取引所 (2012/9/19)

自己の重要感を満足させる方法は、人それぞれに違っており、
その方法を聞けば、その人物がどういう人間であるかがわかる
(デール・カーネギー「人を動かす」)

( ´~`)ノハーイ
少し前に同世代の社会人の人たちと
お話をする機会がありました
(o゜~゜)oホエ?
ふみっこは普段社会との関わりが希薄な
浮世離れした生活を送っていて
社会人の知り合いも少ないので
いろいろと思うことがありました
(゜~゜)
社会では膨大な数の社会人が(日本だけで数千万人が)
社会の中で自分に与えられた役割を
日々まっとうして生きています
(o゜~゜)o
これってよく考えるとすごいですよね
(o゜~゜)oホエ?
仮に日本人全員がふみっこみたいに社会参加を放棄してしまうと
社会は成り立ちません
(゜~゜)
なので地味な仕事やつまらない仕事であっても
必ず誰かがやらなければならないし
実際に誰かがやっているわけです
(゜~゜)
つまり社会人はその人生の多くの時間を
社会を支えるために費やしています
(゜~゜)
特に日本では質の高いハードワークや長時間労働を強いられるので
人生に占める仕事のウェイトが大きいんですね
(゜~゜)
ふみっこは自宅勤務の1日6時間労働であまり消耗してないので
社会のためにそこまで献身できることが
素直にすごいと思うと同時に
社会人に感謝しなければならないのだと思いました
(゜~゜)
お腹が空いた時にコンビニに行けば欲しいものが買えるのは
低賃金でも誰かが働いてくれているからです
(゜~゜)
つまりお金があれば働かなくても生きていけるという
現代社会における自由は
誰かの労働の上に成り立っているわけです
(゜~゜)
それに対してふみっこは自分のことしか考えてないので
「(社会や他者のためではなく)自分のために時間を使いましょう」
(=自分のために勉強や能力向上をする)
のような話になるわけだけど
社会人っておそらくそういう「自分意識」が希薄なんですよね
(o゜~゜)oホエ?
社会や会社のために尽くして役割をまっとうしていれば
安定した収入・地位・信用などが得られるので
自分よりも社会や会社を優先する価値観が育まれてしまうのでしょう
(そうしてできあがるのが会社人間)
(゜~゜)
というわけで社会人の世界を垣間見ると
相対的にふみっこという非社会人の長所や短所がよくわかりました
(o゜~゜)oホエ?
ふみっこの長所は
「行動の自由があること」
短所は
「社会的地位、社会的信用のなさ」
です
(つ~`)
やはりデイトレーダーは社会的信用がないので
定職とは言えないし
社会的には怪しいギャンブラー程度にしかみなされません
(´ロ`)
現状は儲かっていたとしても
いつ大損するかわからないし
破産して路頭に迷う可能性も十分あるからです
(´~`)
なので住宅ローンを組んだりすることもできないし
まっとうな社会人と結婚するのも難しいでしょう
(´~`)
しかしデイトレーダーと一言で言っても
資金100万の人もいれば1億以上の人もいるわけで
資金量や収入はバラバラです
(o゜~゜)o
ちなみにふみっこはこの4年間ぐらい
一人暮らしの生活費や海外旅行費などすべて含めても
年収の3割ぐらいしか使ってません
(゜Д゜)ハァ?
なのでふみっこの生活はかなり余裕があって
毎月海外に行ってもいいぐらいなのだけど
本当にそれをしてしまうと
下調べ→準備→旅行→下調べ→準備→旅行
の繰り返しになってしまい
他のことができなくなります
(゜ロ゜;Aアセアセ
そんなわけでこの数年で利益が積み重なっているので
1年ぐらい休んで長期海外旅行に出ても
たぶん自己資金の1割も使わないでしょう
(゜~゜)
つまりふみっこは定職に就いてないくせに
まとまった資金があるので
明日から何もせずに過ごしてもいいし遊び周ってもいいし海外放浪してもいいという
圧倒的な行動の自由が広がっています
(*゜~゜)ノ
それだけが非社会人ギャンブラーふみっこの人生の拠り所であり
社会的地位や信用がないからこそ
お金しか頼るものがないんですね
(゜~゜)
そんなことを今さらながらに思い知らされたのです
(゜~゜)
お金=経済的自由こそが自由な人生の源であり
だからこそお金が一番大切なものであり
お金が友達なのです
(≧~≦)ぶは

「明日の食糧のため」「種の保存のため」
に生きることが健全な生き方です
それをしなくてよくなってしまうとおかしくなるのが当たり前です
そもそも人生なんて無意味なのに決まっているのですから
(中島義道「生きてるだけでなぜ悪い?」)

# by fumiblog | 2012-10-20 02:01 | ふみっこ哲学 | Comments(2)