絶対的価値への思い [2010年6月沖縄旅行]
何分も経たないうちにふたたび集合の鐘が鳴りました
こんどは真珠湾攻撃による戦果が報じられ
「ばんざい! ばんざい!」とわきたつみんなの目には涙さえ光って、
すでに戦勝が約束されたかのような錯覚におちいっていました
こうして、あのむごたらしい敗戦という形で終わった太平洋戦争がはじまったのです
(伊波園子「ひめゆりの沖縄戦―少女は嵐のなかを生きた」)

( ´~`)ノハーイ
月1旅行の6月分として
この週末(6月4~6日)に一人で沖縄に行きました
(゜~゜)
ふみっこの月1旅行に関しては
今度書きます
(゜~゜)
そんなわけで
「ふみっこの思いの起源を巡る旅」を中断して
忘れないうちに沖縄旅行の感想を書いておきます
(o゜~゜)oホエ?
ふみっこは沖縄に行くのは初めてなので
行く前にガイドブックを読んだのだけど
興味を惹かれるものが沖縄戦ぐらいしかなかったので
今回は沖縄戦にスポットを当てた旅行となりました
(゜~゜)
しかしふみっこは
沖縄戦に関する知識がほとんどないので
予習のために行きのフライトで
「ひめゆりの沖縄戦」
「観光コースでない沖縄」
という本を読みました
(o゜~゜)o□
そして観光初日に
「ひめゆりの塔」
「平和記念資料館(平和公園)」
2日目に
「旧海軍司令部壕」
にそれぞれバスで行きました
(゜ロ゜)
これらにふれると
太平洋戦争当時の
軍や大衆を支配していた
「天皇至上主義」や「皇民化教育」といったものが
大きな問題であったことがわかります
(o゜~゜)oホエ?
そもそも沖縄戦というのは
日本が戦力で圧倒的に劣るので
戦う前から負けるとわかっていたのだけど
本土決戦をなるべく先延ばしにするために
沖縄島民は捨て石にされ
持久戦を強いられたのです
(゜~゜)
戦況が不利になっても
日本がなかなか降伏しなかったのは
終戦後も天皇制を維持したかったからです(国体護持)
(゜~゜)
多くの国民が死ぬとわかっていながら
命を投げ出して勇敢に戦ったのは
天皇のため、皇国のためです
(゜~゜)
洞窟に追い詰められた沖縄島民が
降伏ではなく集団自決を強いられたのは
投降するのは恥であるとされた皇民化教育のせいです
(゜~゜)
つまり天皇一人のために
何十万という国民が無駄死にをしたのです
(´ロ`)
なぜそのような惨劇が起きてしまったのか――
その根本原因は
価値の絶対化にあります
(o゜~゜)oホエ?
天皇というひとつの価値が
絶対化し
神となることで
国民は死すら恐れなくなるという
常軌を逸した行動を取るようになったのです
(ノ´ロ`)ノフラフラ
そのように「絶対的な価値がある」
と多くの人が信じきっていれば
天皇でも神でも独裁者でもアイドルでも
何でもよいのです
(゜~゜)
問題なのは
科学が発達した現代にあっても
人々は絶対的な価値(天皇やヒトラーやアッラーや新興宗教)
を求めてしまったということです
(゜~゜)
それは裏を返せば
人々は自分が生きる明確な理由や指針を
強烈に求めているということです
(゜~゜)
なぜなら私たちは
ただの偶然で発生したこの宇宙の中で
わけもわからず生まらされて
わけもわからず死んでいくからです
(´~`)アハハ
なので天皇のために死んでいった人たちは
皇国のために自分の使命を果たしたわけで
それはそれで幸福だったのかもしれません
(´ロ`)
しかし絶対的な価値などは
しょせん幻想であり
思い込みにすぎません
(゜~゜)
一方で人間は
ある価値を携えた思い込みの中でしか
生きられないとも言えます
(o゜~゜)oホエ?
なぜなら何の価値も信じずに
虚無の中を生きると
一切の価値は失われ
生きる理由などなくなって
すべてがどうでもよくなるからです
(´ロ`)ポケー

人間の社会、それは一つの試みである
そうわたしは教えておく
長い間くり返されてきた探求
人間の社会は、結局のところ命令する者を探し求めているのだ!
(ニーチェ「ツァラトゥストラはこう言った」)

by fumiblog | 2010-06-07 23:17 | 旅行 | Comments(4)
Commented by ushio0 at 2010-06-08 00:03
小学校低学年の時に戦中生まれの先生がとんでもない発言をした。
今考えるとありえない。でも気持ちはわかる。
「何かとんでもない事が起きればいいのにね。そしたらみんな簡単に一つにまとまるのに」
Commented by fumiblog at 2010-06-08 00:40
社会が成熟するとは全体主義が崩壊して
価値がどんどん相対化していって
テレビの視聴率が下がり続けて
みんながバラバラの行動を取り
究極的には虚無主義に至ること(´~`)
Commented by ushio0 at 2010-06-08 17:25
私たちが小さい頃はみんな同じテレビ番組に熱中していた。
代理戦争で真央ちゃんとヨナが取り上げられて、日本人がヨナの悪口を言われたとかで2ちゃんが攻撃されたけど、多くの日本人、主に2ちゃんねらーは、祭りになるまでオリンピックに興味が無かった人が多いと思う。
テレビで大流行って言われても実際猫も杓子も同じ事してるわけじゃないし、オタクも色々分化されすぎてバラバラになった。
何者にもなれなかった者はメンヘラになったけど、メンヘラも色々で、今、mixiのコミュニティのどこにも深入りしたくない。
Commented by fumiblog at 2010-06-08 23:07
何らかの一大ブームが起きた方がその関連産業が儲かる(ノ゜~゜)ノみんなバラバラだと的が絞れない
なのでブームに踊らされる人間は誰かに操作されやすい、意志が弱いのです(´~`)アァー
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