人生に目的がない不思議
「明日の食糧のため」「種の保存のため」
に生きることが健全な生き方です
それをしなくてよくなってしまうとおかしくなるのが当たり前です
そもそも人生なんて無意味なのに決まっているのですから
(中島義道「生きてるだけでなぜ悪い?」)

( ´~`)ノハーイ
突然ですが
人間はいったい
何のために生きていると思いますか?
(o゜~゜)oホエ?
大人になったら
食べていくために
または家族を養うために
働かざるを得ない
というのが現実だとしても
それは生きていくための手段であって
目的ではないはずです
(゜~゜)
では人生の目的とは何でしょう
(o゜~゜)oホエ?
それはたとえば
愛する人のために生きる
幸せになるために生きる
やりたいことをやるために生きる
神様のために生きる
目的はないけどなんとなく生きている
死ぬのが怖いから生きている
など
いろいろな考え方があるはずです
(゜~゜)
つまり普遍的に言えるのは
「人それぞれである」
ということだけで
人類に共通するような目的は
見当たりません
(゜~゜)
しかし人間以外の生物は
生きる目的が明確です
(o゜~゜)oホエ?
それは
「明日の食糧のため」
「種の保存のため」
に生きているのです
(゜~゜)
ただ本能に従って
シンプルに生きているので
生き方に迷ったり
何をしていいのかわからなくなったりすることは
ありません
(゜~゜)
つまり生物とは
本能に支配された存在で
一切の自由がない
ただ本能が命じるままに
機械のように動いているというわけです
((゜ロ゜))
そして人間にも本能があるけれど
同時に理性もあります
(o゜~゜)oホエ?
なのでただ本能に従って
単純に生きているわけではなく
理性の存在が
人間の行動を複雑なものにしています
(゜~゜)
そんな理性が人間にもたらした
最たるものとは
「自由」です
(o゜~゜)oホエ?
人間は理性を有したことで
本能の支配から離れて
行動の自由を手にしたのです
(ノ゜ロ゜)ノジャーン
それが悲劇の始まりでした
(゜~゜)
自由を手にして
人生が自由になったということは
「あなたは好きなように生きてください」
ということであり
人生に明確な目的がなくなったことを意味します
(ノд-。)クスン
よって人生の目的は
各人が自分で見出さなければならなくなったのです
(゜~゜)
どのような目的を持つのも自由であり
目的を持たないのも自由です
(´~`)
それでも目的を見出すことができれば
迷いがなくなって生きやすくなります
(ノ゜ロ゜)ノ
しかし目的を持たない人
見出せない人
見出してもそこに向かって歩めない人は
人生に迷ったり
何をしていいのかわからなくなったりするのです
((;゜ロ゜)オロオロ
自由というのは
実は恐ろしいものでした
(´ロ`)
そんな自由問題を乗り越えるためには
大きくふたつの方向性があります
(o゜~゜)oホエ?
ひとつは
神様・他者・会社・社会通念など
何かの意志や指示に従って生きる
受動的な生き方です
(゜~゜)
第二次大戦中に
ナチスのヒトラーや
日本の天皇が
国民にとって強力な生きる指針になったことを考えると
人間は何かに服従して
自由を放棄する傾向があるのです
(ノд-。)クスン
なぜなら何かに従うことで
自分の内にある主体的自由が消失して
迷いがなくなって楽になるからです
(´ロ`)ポケー
そしてもうひとつは
上とは真逆の方向性
ただ自分の意志に従う
主体的な生き方です
(o゜~゜)oホエ?
主体性とは何か
それはすべて
自分の意志で選択して
自分の意志に従って行動することです
(゜~゜)
そこには他者の意志が
入り込む余地はありません
(o゜~゜)oホエ?
そのような強力な主体性を確立することで
自分の意志が
すなわち人生の目的となり
迷いがなくなるのです
(ノ゜~゜)ノ
目的のない人生
すなわち自由な人生を恐れずに
最大限享受して生きるためのキーとは
自分の意志で自由を切り開き
自分の意志で目的を描いていくことにあります
(´~`)ノハーイ

人間の社会、それは一つの試みである
そうわたしは教えておく
長い間くり返されてきた探求
人間の社会は、結局のところ命令する者を探し求めているのだ!
(ニーチェ「ツァラトゥストラはこう言った」)

by fumiblog | 2010-09-01 19:19 | ふみっこ哲学 | Comments(0)
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