この世界に優しさが溢れている理由
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フランス パリ モンマルトルの丘 (2009/9/22)

きびしい生存競争の中で、わずかでも利他的な行動をとる個体は、そうでない個体よりも平均して「うまくやっていけない」と予測できる。

全ての個体が利他的であれば、その群に属するもの達は非常に上手くやっていけるであろうが、中に一個体でも利己的な個体が混入すれば、利他的個体を食い物にして繁栄するであろう。

利己的個体は多くの子を残し、次第に利己的な個体は数を増していくであろう。
(Wikipedia - 利己的遺伝子)

( ´~`)ノハーイ
優しさ
思いやり
愛情
人助け
ボランティア
献身
自己犠牲――
そういった美しい行為や感情のことを
自分よりも他者を優先するという意味で
「利他的」と言ったりします
(o゜~゜)oホエ?
その反対が
自分の利益のことしか考えない自己中心主義
すなわち「利己的」です
(´~`)
それらは
利他的=性善説
利己的=性悪説
と言い換えられます
(o゜~゜)o
人間は果たして
本質的に善であり優しさや愛情を持っているのか
それともただの利己主義者でしかないのか
という問題は
人間にとって重大な問題であり続けてきました
(o゜~゜)oホエ?
宗教や道徳の教えでは
隣人に優しくしなさい
思いやりを持ちなさい
愛こそが人生のすべてですと
主に性善説を説いています
(o゜~゜)oホエ?
別に宗教や道徳に限らず
利己的であるのは悪いことで
人に優しくしましょう
思いやりを持ちましょう
といったことが
世間一般でさかんに説かれるということは
人間の本性は利己的だからなのか・・・
という疑問が沸きます
(´~`)
それらの疑問に対して
生物学的見地から
「すべての生命は利己的である」
という身も蓋もない回答を提示したのが
生物学者リチャード・ドーキンスです
(≧~≦)ノハーイ
考えてみて欲しいのですが
地球上の数十億年に渡る過酷な生存競争を
自分よりも他者を優先する
利他的なお人好しな生命体は
生存競争に打ち勝って
子孫を残しながら生き延びることができたでしょうか?
(o゜~゜)oホエ?
できなかったはずなのです
(゜~゜)
自分よりも他者を優先する
お人好しな優しい生命たちは
打算的で利己的な生命によって
駆逐されて淘汰されていった・・・
よって現在地球上に生き残っている生命は
みな利己的なのだそうです
Σ(゜~゜)ガビーン
ではこの世界には
優しさや愛情などはまったくないのか
というとそんなことはありません
(o゜~゜)oホエ?
自然界において
もっとも強い愛情と言えるのが
母性愛です
(ノ゜~゜(゜ x ゜o)ばぶー
母親が自分を犠牲にしてでも子を守る
というのは人間に限らず
自然界に共通して見られるのだそうです
(o゜~゜)oホエ?
つまり母性愛とは明確な
利他的行為と言えます
(o゜~゜)o
しかし生命の存在理由とは
遺伝子伝達しかありません
(o゜~゜)oホエ?
よって遺伝子伝達の役割を終えた自分(親)の個体よりも
自分の遺伝子のコピーを持つ子の個体の方が大事であり
自分よりも子を優先して大切にすることは
理に適ったことなのです
(゜~゜)
つまり母性愛のような
完璧に見える愛情・献身・自己犠牲もまた
実は利己的なものでしかないというのです
Σ(゜~゜)ガビーン
つまり生命の利己性の根源とは
遺伝子にあり
すべての生命は遺伝子を有する以上
その利己的な遺伝子プログラムによって操られるロボットに過ぎないのです
(つ~`)ぐすん
しかし本能+理性で動く人間の世界は
もっと複雑です
(o゜~゜)oホエ?
そもそも皆が自分の利益しか考えていなかったら
Wikipediaのような無料ボランティアがなぜ成り立つのか
不思議だと思いませんか?
(o゜~゜)oホエ?
Wikipediaは
誰でも各項目の執筆や編集ができるけど
報酬は1円も得られないし
名前が載るわけでもないし
宣伝や販売などの商業利用もできません
(゜~゜)
それでも見返りを求めずに
投稿する人たちが世界中にたくさんいます
(゜~゜)
そのような特殊な例ではなくても
私たちの日常生活や身近な人間関係には
利他的な言動
すなわち優しさや思いやりに満ちているはずです
(o゜~゜)oホエ?
それはマズローの欲求段階説によって
説明ができます
(o゜~゜)oホエ?
ピラミッドの一番下の「生存欲求」や
その上の「安全欲求」というのは
人間が生きていく上での最低条件のようなもので
その階層を生きている人は
いわば生存が脅かされているので
精神的な余裕を持ちにくいです
((゜~゜))
しかし「生存」と「安全」が満たされると
生きることに余裕が生まるので
人と関わりたい交流したい(=親和欲求)とか
周囲から認められたい(=承認欲求)
といった欲求を抱くようになります
(o゜~゜)o
その2つの欲求は他者との関わりの中でしか満たされないので
自分が「利己的」であると得にくいです
(自己中や身勝手な人は好まれない)
(゜~゜)
なので親和欲求や承認欲求を満たすためには
「利他的」に振舞うことが
最適な戦略になります
(o゜ロ゜)o
つまり逆説的なのだけど
人間は親和欲求や承認欲求という「利己的な欲求」を持っているからこそ
利他的な行為
すなわち優しさや人助けや献身やボランティアができるのです
Σ(゜ロ゜)ガビーン
というわけで
純粋な利他的行為というものは
母性愛も含めて
この世には存在しないとふみっこは思うけれど
それでもこの世に利他的な行為
すなわち優しさや無償の行為が溢れているのは
人間が親和欲求や承認欲求を持っているおかげなのです
(*^~^*)ノハーイ
それでも貧困や暴力や戦争などによって
生存欲求や安全欲求が脅かされると
生活に余裕がなくなり
自身からも優しさが失われる
つまり利他的な行為ができなくなります
(ノд-。)クスン
ふみっこもかつて極貧生活を送っていた頃は
まったく余裕がなく
人と関わること全般に興味を失いました
(´ロ`)
なのでそういう人は
自分が抱える問題の解決に集中するしかなく
いずれ生活が安定してくれば
余裕が生まれて自然に利他性が芽生えてくるはずです
(´~`)ノハーイ

利欲は、われわれのあらゆる罪悪の根元として責められているが、
同時に、われわれのさまざまの善行の根元として誉められる資格も持っている
(ラ・ロシュフコー「箴言集」)

by fumiblog | 2010-12-03 23:59 | 空想哲学 | Comments(7)
Commented by 考えた人 at 2010-12-04 02:07 x
美しい文章です。
何時見ても、感動すら覚える。
コメ返答ありがとうございます。
僕は、この世界がとても汚いものに見えていました。
貧困で明日食べる物も無いのに、子供を産む発展途上国の人々。
資本主義経済の中、自分の利益を獲得する為に働く、都会の人々。
そんなものすべてがとても嫌でした。
この汚い世界で生きていくなんて、僕には到底できない事だと思ました。
僕がいくら頑張ったって、人生は「運」がとてつもない割合で絡んでくるから、僕は日本という裕福な国に生まれて幸せなのですが、他の人たちはどうなるんだろうか、病気で苦しい思いだけをして死ぬ人間や、どうしようもないイジメにあってる人はどうなるんだろうと思うと、僕は「頑張る」のが虚しいと感じるようになりました。
この世界の仕組みそのものを呪っていました。
神を恨みました。
残酷すぎると。
Commented by 考える人 at 2010-12-04 02:18 x
本当に、この世が利己的な弱肉強食な世界なら、僕は消えてなくなる覚悟もありました。
偏った考えですよねーw
でも、僕にはこの世界がそんな風に見えました。
「勝つには手段は選ばない」「自分さえ良ければいい」と。
そんなある日、僕は、「ガンジー」の非暴力運動を思い出しました。
彼らは銃を持った相手に、武器も持たずに平和を説きました。
はじめはためらっていた兵士達が、命令を無視して、みんな銃を捨てはじめ、みんなが平和を望んだという、あの運動です。
本当かどうかはわかりません。
しかし、人間ってそういうとこもあるんだなーっとその時痛く感動しました。
考えてみれば、ウィキもふみっこブログも、無償で人助けをしている。
人間は捨てたものじゃない!と、そのとき僕は目が覚めました。
Commented by 考えた人 at 2010-12-04 02:38 x
でも、僕はこのまま自分の幸せだけを追求していいのだろうかという疑問をまだ持っていました。
この世のしくみが残酷だからです。
運の要素が強すぎるからです。
「人に優しくするのは自分のため」というのはわかりました。
しかし、今日もスリをやって一日凌いでいる、難民などのことを思うと、本当に、いたたまれないです。

でも、僕は「僕はたまたま運がいい。だから、この運を生かして、僕は幸せになればいい」そう思い始めるようになりました。
運が悪い人は、もう仕方が無い。
それは悲劇としか言えない。
僕は、自分で自分のことを愚かな人間だと思います。
僕は自分のために、自分の幸せのためならなんでもしようと決意したからです。
僕は人に優しくしたいし、人にできることならやりたいと思います。
5,6年間色々考えてきましたけど、これが僕の結論のように思います。

ふみっこ先生には色々ヒントをいただきました。
本当に心から感謝しています。
ではでは~。

Commented by 出来損ないのカメレオン at 2010-12-04 03:49 x
大好きな高校教師第4話を観たくなりました。

結局生きていくには、あれもこれも肯定して自分を認めていくしかないですが、悲観的な考えをやっぱりいつも気にしていたいですね。
この世の悲しい事実を確かめていると、悲しい気持ちが楽になるというか。

あの4話目の悲し過ぎるラストも、それまでの不幸が丁寧に描かれているおかげでとても共感できますよね。
それでいて、そばにいて一緒に泣いてくれるくれた繭…。
さっ、DVD観ますー笑
Commented by @メドレント at 2010-12-04 08:09 x
利他的もまた利己的ってことですかね(´・ω・)(・ω・`)
そもそも利他、利己と区別すること自体がナンセンスなのかもしれませんね(´・ω・`)

言葉はとてもおもしろいパズルのようですねヾ(^▽^)ノ
Commented by fumiblog at 2010-12-05 23:52
みなさんコメントありがとう(ノ゜~゜)ノ出かけてたのでレスが遅くなりました

・考えた人さん
人は自分の意志で生まれてくるわけではないし
生まれる環境を選ぶこともできないので
生というのは生まれた時点でとても理不尽なものなんですよね((゜ロ゜))
なのでこの世はただの偶然や運命で
恵まれている人もいれば恵まれていない人もいるというのは事実ですね(゜~゜)
でも豊かな日本に生まれても
通勤電車で帰宅するサラリーマンは
疲れきって死んだような目をしている人が多いし
それぞれ会社や家庭にも苛立ちがあって互いを非難し合っていたりする
なので途上国の貧しい人たちと比べても本当に幸せなのかはわからない(゜~゜)
結局は他者のことは横に置いておいて
まず自分が幸せになることを考えれなければ
人に優しくしたりする余裕も生まれないのだと思います(´~`)ノ
Commented by fumiblog at 2010-12-05 23:52
・カメレオンさん
「高校教師」は「利己的な遺伝子」が登場するだけあって、人間の利己性と利他性を考えさせられる名作ですよね(゜ロ゜)
ふみっこも4話好きだけど、それまでの展開で周囲の人間の利己性によって疎外され孤独に陥った主人公が、愛という究極の利他性によって救われる名シーンですよね(*゜ロ゜)

・メドレントさん
利他的もまた利己的、その通りで、ふみっこ的にはそのように解釈する方が自然に思えます(´~`)
実際は利己的な動機であっても、表出する言動が利他的であればそれで問題ないわけですしね(ノ゜~゜)ノ
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