人が生きていく理由
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インドネシア バリ島 スミニャックビーチ (2010/12/25)

真に重大な哲学上の問題はひとつしかない
自殺ということだ
人生が生きるに値するか否かを判断する
これが哲学の根本問題に答えることなのである
(カミュ「シーシュポスの神話」)

( ´~`)ノハーイ
生命はどのような状況下にあっても生き延びようとする
強い本能プラグラムがある
という話を前回しましたが(生命の40億年の物語)
今回はそれに対する反論になります
(゜Д゜)ハァ?
それは人間は不思議なことに
自殺をする人もいるからです
(゜~゜)
生きられるのに死を選ぶというのは
生命の本能プログラムとしてはおかしなことで
人間以外の動物は自殺をしません
(゜~゜)
レミングというネズミが集団自殺をするという説もあるけれど
それはWikipediaによると移動中の事故であり誤解なのだそうです
(゜~゜)
つまり人間以外の生物は
そもそも自殺をしようとも思わないし
したくてもすることができない
ひたすら種の保存のために生きていく
そういう絶対的なプログラムの支配化にあり
何の行動の自由もなく
ただロボットのように命令通りに生きていくしかありません
(´ロ`)
生物の世界では
子を守るために親が犠牲やおとりになるのは
よくあるそうなのだけど
それは自分よりも大切な遺伝子のコピーを守るためという
理由のある犠牲であり
自殺とは根本的に異なります
(゜~゜)
では人間の自殺とは一体何なのでしょう?
(o゜~゜)oホエ?
それは人間は
とにかく生き延びるようにプログラムされている
生命としての本能を脱して
「生きることをやめる自由」「死ぬ自由」を手にしたということなのです
(゜ロ゜)ギョエ!!
それが不幸のはじまりでした
(゜~゜)
生きることが絶対的なもの
盲目的なものである生命の世界では
生きることに理由がなくても
とにかく生きるしか選択肢がないのだから
理由があってもなくても
生きていくしかなく
そこには何の迷いもありません
(゜~゜)
しかし人間は
その絶対的に生きていく世界から脱して
「死んでもいいんだよ」という自由を手にしたことで
「ではなぜ私は生きていくのだろう?」
という疑問が生まれたのです
(´~`)アァー
生きてもいいし
死んでもいい世界では
生きていくことに何か理由が必要になったんですね
(゜~゜)
逆に言えば
人間の世界では
理由なく生きていくことが
難しくなってしまったのです
(゜~゜)
そうして人々は
生きることにさまざまな理由を見出して
生きていくのだけど
でもそこに絶対的な理由はありません
(o゜~゜)oホエ?
なぜなら絶対的な理由を誰かが見つて
「こういう理由で人間は生きる義務があるので、絶対に自殺をしてはならない!」と言っても
それでもなお私たちは各人が
「死ぬ自由」を常に持っているからです
(゜~゜)
自殺は悪いこと、もったいないことだという価値観があり
今後もそれは変わらないだろうけど
どんなに悪くてもったいなくても
死を選択する自由は誰にでもあるわけです
(゜~゜)
法律やモラルで自殺を厳しく禁じたとしても
その「死ぬ自由」を剥奪することはできません
(゜~゜)
私たちが生きることに迷うのは
生きてもいいし
死んでもいいからであり
そういうあやふやな自由世界の中で
絶対的なものが何もないからです
(´ロ`)フラフラ
そんなわけで
一番上の引用にある
「人生が生きるに値するか否か」は
人間が自由を手にしたからこそ生じた問いであり
だからこそ問いの答えは
各人の自由判断に任されています
(゜~゜)
生きていく理由を自由に見出して
自由に生きたり死んだりする
(゜~゜)
良くも悪くも
私たちはそのように生きているという現実があります
(゜~゜)
生命の本能プログラムから脱してしまった人間は
絶対的なものがない自由世界の中で
自由に判断して生きていくしかないのです
(o´~`)ノハーイ
by fumiblog | 2011-07-31 15:09 | 空想哲学 | Comments(13)
Commented by べあお at 2011-07-31 21:31 x
ふみっこさんこんばんは

死ぬ自由を手に入れたのが不幸のはじまり
いいですね

思考や知能が発達すれば良いこともある反面
苦しいことも多くなりやすい一面があるのも感じます

自由の不安さ恐ろしさも時々感じますね
でも苦しくとも自由な中で自分で組み立てていくのもまた魅力的でやめられません
Commented by fumiblog at 2011-08-01 00:23
べあおさんお久しぶりです(*^~^*)ノ
人間は自由だからこそ考えたり悩んだりできるんですよね(o゜ロ゜)o
でもいくら考えても絶対的な答えは得られないし、自由は不安なので、人間は絶対である神を想像して、その世界観の中に納まって安心することを選んだのだと思います(´~`)
現代日本には神様はいないけど、多くの大人にとってはお金が生きる理由になっていると思います(´~`)
Commented by きらきら at 2011-08-01 11:03 x
ふみっこさん、べあおさんこんにちはです。
先週、元大リーグ選手の伊良部さんの訃報で、またか~。って思っておりましたが…。ふみっこさんの見解で、なるほどって思いました。
人間の自由を求める欲求は自らの命すら消してしまう危険性があるって事ですね。肝に銘じて生きて行きたいですね。
過ぎたるは尚及ばざるが如しですね。
Commented by fumiblog at 2011-08-01 23:54
きらきらさんこんにちわ(≧~≦)ノ
世間的には自殺はよくないとか悲しいとか言われますけど、ふみっこは空想哲学者wなので、自殺というものに生と死の根源的な問題があるように感じて、自殺について考えを巡らすのが昔から好きなんですよね(≧~≦)自分が死にたいとは思わないのですけど
Commented by POCKEY at 2011-08-02 00:09 x
ふみっこさーん(T-T)

今地震で揺れたんですが、揺れた瞬間『うぉぉっ生きたいっ(´Д`)』と思いました…( TДT)

震度は軽かったんですが本当びっくりしました…

うう、地震少ない沖縄県に引っ越したい…( TДT)
Commented by fumiblog at 2011-08-02 17:22
最近また地震が増えてきて怖いですね((゜ロ゜))大地震に備えておきたいと思います
Commented by あきら at 2011-08-02 22:21 x
久しぶりにコメントさせていただきます。

ふみっこさんが仰るとおり、生きていくのに理由がいる社会で如何に私達は生きていくのか、それも自分で選択しなければならない世界ですよね。
あまりに増えた選択肢が逆に私達を不自由に縛ってすらいますね。
けれどそれは近代社市民会を成すための代償であり、そもそも生きることに理由を必要とする私達は傲慢なのかもしれませんね。
近代化はマスローでいう欠乏欲求を満たすまでにすぎず、その階上の自己実現で苦しむ現代人を「生きる理由を求める者」という形で顕著に表しているとも考えられますね。
Commented by fumiblog at 2011-08-03 00:04
あきらさんおひさしぶり(*^~^*)ノ
その通りですね(o゜ロ゜)o選択肢が増えるというのはそれだけ迷いの要素が増えるので、人によってはいろいろな選択肢の狭間でふらふらしていつまでも焦点が定まらないということが起きるんですよね(゜~゜)
若い頃から自分の進む道が明確な人はいいのだけど、そんな人は少数派で(゜~゜)
だから自由が人を幸福にするとは限らないんですよね(´~`)
Commented by 考えた人 at 2011-08-03 00:08 x
うああああああああああああああああ!
そうなんだ!
ネズミの自殺はしってたけど、そうだったんだ!
すごい、すごすぎる!博学すぎますふみっこさん。
もう本当にいつも、僕の悩みをとるようなことを教えてくれますね。
ほんと、ふみっこさんは先生です。
僕の人生の師匠です。
ほんと、このブログみつけたことはおれにとって幸運だな~
Commented by fumiblog at 2011-08-03 22:53
いやふみっこなんて全然(´~`)哲学ではお金を稼いだことがない=ただの素人ですし
それでも何か感じることがあれば、それは考えた人さんの問題意識や価値観がふみっこのそれと近かったということだと思います(゜ロ゜)
Commented by bach99 at 2015-04-13 06:38 x
〉しかし人間はその絶対的に生きていく世界から脱して「死んでもいいんだよ」という自由を手にしたことで「ではなぜ私は生きていくのだろう?」という疑問が生まれたのです

おもしろい視点ですね (^_^)
遠いむかし、われわれの祖先が2足で立ち上がったとき、子孫がそのツケを払うことになるとは思わなかったでしょうね (^_^)v
 
Commented by fumiblog at 2015-04-14 00:29
・bach99さん
コメントありがとうございます(o゜~゜)o
そうですね、人間に進化することなく、猿のままであった方が何の悩みも迷いもなく幸福だったかもしれません(´~`)
Commented by bach99 at 2015-04-15 06:09 x
ふみっこさんへ。
そうかもしれませんね (~_~) お猿さんのころも「迷う」と表現できそうな反応はあったでしょうが、今日的なそれとは異なり、きわめてシンプルで瞬間的なものじゃなかったでしょうか (^_^)v
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